社会に地殻変動をもたらす、 3Dプリンティングのテクノロジー

2016.02.22
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1400年代前半にヨハネス・グーテンベルクが発明したとされる活版印刷技術は、世界に革命をもたらした。情報や知識の蓄積と流通を変革し、それによって中世から近代へと時代を動かす原動力となったのである。

そんな活版印刷技術を凌駕するインパクトを世界にもたらそうとしている印刷技術がある。立体の造形物を“印刷”できる「3Dプリンター」だ。経済産業省は2014年、3Dプリンターの市場規模が2020年に1兆円規模に達すると試算した。関連市場まで含めると、その規模は10.7兆円に育つといわれるが、3Dプリンターのインパクトは市場規模ではない。

様々な工業製品の生産方式を根本から変革する可能性があるのに加えて、現在は生産不可能なものを生産できるようにする可能性もある。例えば、大規模な工場なしに自動車や家電製品を製造したり、一流のコックが創るのとそっくり同じ料理をプリントする―そんなチャレンジが進みつつあるのだ。一体どういうことなのか。3Dプリンターの最新事情を見てみよう。

「3Dプリンター」というハードウェアのはじまり

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(引用:クリエイティブ・コモンズ)

そもそも、3Dプリンターとはどのように生まれたものなのか。実はつい最近登場した最先端機器、というわけではなく、1980年代頃から工業用機器として、自動車や家電製品、あるいはそれらの部品を試作するために3Dプリンターが利用されてきた。

では、近年になって急速に広がり始めた理由は何か。理由はシンプルで、2005年に3Dプリンターの基本特許が切れたこと、2009年にはさらにもうひとつの基本特許が切れ、誰が生産販売しても特許侵害にならなくなったことである。これにより、様々なプレイヤーが3Dプリンターの生産や販売に乗り出した。多くのプレイヤーによる競争を通じて、低価格化・小型化が進み、急速に普及してきたというわけだ。

世界7割のシェアを持つ2大3Dプリンターメーカー

3Dプリンターは、基本的には3次元のCADデータを極薄の厚みで輪切りにし、その輪切りを積み上げて立体物を成形していく「積層造形」という方法でものづくりを行う。積層方法や用いる材料によって、生み出されるモノの強度、表面、寸法精度、造形時間、価格が変わる。そのパターンにもいくつか種類があり、光造形、インクジェット方式、粉末石膏造形、粉末焼結造形、熱溶融積層造形などに分類される。

3Dプリンターの開発や製造にはすでに多くの企業が参入しているが、米国の3Dシステムズ(3D Systems)、ストラタシス(Stratasys)の2社が世界全体のシェアの約70%を占め、業界をリードするとともに、製造業をはじめとする各業界にインパクトを与えている。
3Dシステムズは20社以上に及ぶベンチャーの買収を繰り返しながら「Cube」という3Dプリンターシリーズを展開する。一方、ストラタシスはイスラエルの大手3DプリンターメーカーObjetとの合併や、デスクトップ3Dプリンターの開発を行っていたmakerbotを約600億円で買収するなどしながら成長してきた。

工業の個人化を推し進める3Dプリンター

3Dプリンターがもたらした大きな変化の1つは、個人のものづくり体験だろう。コンピュータ上の3Dモデリングツールなどソフトウェアと3Dプリンター、レーザーカッターなどを使えば、個人が自由に、しかも高い品質のものづくりができるようになった。作ったものをネット経由で販売することも簡単にできる。まさしくものづくりの革命であり、工業の個人化を驚くべき速度で促進している。

こうした製造体制は「デスクトップ・ファブリケーション」と呼ばれるが、米マサチューセッツ工科大学のニール・ガーシェンフェルド教授は、著書『ものづくり革命』のなかで個人的なものづくりの概念を「パーソナル・ファブリケーション」と表現した。個人がものづくりを行い、販売し、さらにノウハウをインターネットで共有することで、メーカーと消費者の関係が破壊されつつあるのだ。

海外では、学校教育にも3Dプリンターの導入が始まっており、子どもたちが腕のない友人のために3Dプリンターで義手を作ってあげるといったエピソードも生まれている。このエピソードが示すように、人のカラダをスキャンしてデータ化すれば、3Dプリンターでその人のカラダに合わせたパーツを生み出すことも技術的には可能であり、そういった意味でも3Dプリンターによるものづくりは“パーソナルな”ものづくりだと言える。

3Dプリンターはベンチャーにも多大な影響をもたらした。製造業は工場や生産機械への初期投資を必要とする設備・装置産業である、というのが常識だった。事実、金型1つを作成するにも費用がかかり、これがある種の参入障壁になってきた。そんな中、exiiiというベンチャーは、3Dプリンターを用いてパーツの作成を行うことで、従来よりも格段に安価に「handiii」という筋電義手を開発することに成功した。

3Dプリンターを活用することで試作のコストが下がり、また各パーツも3Dプリンターで出力可能になったことで、少ないコストでプロトタイピングを行うことができるようになったのだ。試作段階であっても資金を集めることができるクラウドファンディングなどのサービスの普及と相まって、世界中でexiiiのようなものづくりベンチャーが生まれている。

Inctroduction of exiii’s prosthetic hand

(引用:exiii)

製造業にもたらす変化

当然、従来の製造業にも着実に影響を及ぼそうとしている。たとえば先述のストラタシスは3Dプリンティングを用いて自動車の外板パーツの製造に関わっている。これまで3Dプリンターは、プロトタイプの製造に使用するツールとして捉えられていたが、すでに最終製品や部品の製造に用いられるツールとなりはじめている。

なぜか。工場で自動車を生産することを考えてほしい。製造した自動車は陸送し、船に乗せて消費地に輸送しなければならない。3Dプリンターなら消費地に3Dプリンターを設置し、“印刷”すればいいので、輸送コストを削減できる。材料費も削減できる可能性がある。プリンターは積層造形でものづくりするので原材料にムダがない。鋼板を切ったり削ったりする既存のものづくりのような、端材がでないのだ。

LM3D Swim

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(引用:LOCAL MOTERS)

LM3D Swim

(引用:LOCAL MOTERS)

そのため自動車業界では、デジタルデータからダイレクトに製造する「ダイレクトデジタルマニュファクチャリング(DDM)」の導入が進んでいる。北米のベンチャー企業ローカルモーターズは、部品の75%を3Dプリンターでプリントしたバギータイプの電気自動車「LM3D Swim」の事前予約を2016年春に始めると発表した。

同社は世界各地に「マイクロファクトリー」と名付けられた小型工場も開設。近い将来、自動車は売り場に近い小型工場でプリンティングされるのが当たり前になるかもしれない。このことは既存の製造業の前提である、郊外の大型工場での量産し、そこから流通させるというビジネスのやり方が今までのようには立ち行かなくなる可能性を示している。

食、ファッションなど生活に与える影響

3Dプリンターでプリンティングできるものも、急ピッチで増えている。当初は樹脂がメインだったのが金属に広がり、今では繊維やゴム、ガラスもプリントできる。従来の製法では困難だった複雑な形のガラス製品を作れるわけで、このことが様々な業界に影響を与え始めている。

一例がファッション。世界的ファッションブランドのCHANELは、2015年の秋冬オートクチュールコレクションで3Dプリンターを使用した最新作を発表した。手仕事を重視してきた老舗ブランドが、先端技術を利用して作品を発表したことは、ファッション業界に大きな衝撃を与えた。

また海外では、3Dプリンターを用いて衣類を作成する「OpenKint」というプロジェクトも登場。専用のデザインソフト「Knitic」を使って作成したデータを出力して衣類を作成する活動で、衣類専用のデータ共有サービス「Do Knit Yourself」と合わせて、ファッションの新たな領域への挑戦として注目を浴びている。音楽は、CDを買わずにダウンロードして楽しむことが当たり前になったが、近い将来、服も買わずにダウンロードして3Dプリンターで印刷するような時代が到来するかもしれない。

Made In the Neighbourhood

(引用:Gerard Rubio)

食の領域にも大きな変化をもたらそうとしている。システムアンドマテリアルズリサーチという北米の会社は、宇宙飛行士が宇宙空間でも新鮮でも美味しいものが食べられるようにと、食べ物を出力する3Dフードプリンターの開発を行っている。
また、XYZプリンティングは、2015年に日本で開催された展示会にて開発中の3Dフードプリンター「XYZ Food Printer」を公開。出力デモンストレーションを実施した。3Dプリンターが普及して製造業に変化が起きているように、食の領域においても大きな変化が起こり始めている。

医療のあり方を覆す3Dバイオプリンター

そして近年、3Dプリンターの活用をめぐってもっとも注目を集めているのが、バイオ・医療の領域だ。ウェイクフォレスト大学のアンソニー・アタラ教授は、3Dバイオプリンターを用いて患者の内臓をスキャンし、生きた細胞を使って内臓を3D出力するという最先端の再生医療に挑戦している。

その他、3Dプリンターで成形された人工骨の実用化に向けた動きも報じられている。医薬品の印刷も可能になっており、2015年8月、米FDA(食品医薬品局)は初めて3Dプリンターで製造された医薬品を認可したと発表している。

3Dプリンティング技術の向上は、既に社会に大きな変化をもたらしはじめている。製造業に限った話ではなく、飲食、医療、流通など幅広い業界に対して、今後、よりいっそう大きな変化を巻き起こしていくだろう。現代における発明とも言える3Dプリンターがもたらす大きな波に、飲み込まれるのか、それとも乗りこなすのか。変化に適応する力が今まさに試されている。

執筆者:モリジュンヤ

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