日本におけるAIのR&Dの方向性と、「人」と「AI」のコラボレーションの可能性

2016.06.24
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日本におけるAI(Artificial Intelligence:人工知能)研究の最前線はどうなっているのでしょうか?欧米とはひと味違った“日本流”のAIはあるのでしょうか?さらにAIは、社会や企業、私たちの生活にどんなインパクトをもたらそうとしているのでしょうか?それらを知ることができる講演とパネルディスカッションが2016年5月19日に開催されました。題して『進化を続ける人工知能−「人」と「AI」が拓く未来の可能性を考える』です。

講演者は産業技術総合研究所 人工知能研究センター長の辻井潤一氏(写真1)。同氏は1949年生まれの学者で日本のAI研究者の第一人者の1人です。同センターは国内外の大学や企業、公的機関と連携して先進的な人工知能の研究開発を行う政府肝いりの研究機関です。辻井氏はまた、マイクロソフト・リサーチ・アジアの主席研究員も務めています。

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写真1:日本のAI研究者の第一人者の1人である産業技術総合研究所 人工知能研究センター長の辻井潤一氏

辻井氏の講演に続く第2部のパネルディスカッションでは、辻井氏に加えてアーティストでありマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ助教のスプツニ子!氏と、日経BP社 執行役員で日経ビッグデータ発行人を務める杉山俊幸氏がパネリストとして登壇。富士通研究所 知識情報処理研究所 人工知能研究センター長の岡本青史氏がモデレーターを務めました(写真2)。

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写真2:第2部のパネルディスカッションの様子

「人間に迫るAI」と「人間を超えるAI」

まず辻井氏の講演から報告しましょう。同氏は「人工知能研究センターでは『実世界に埋め込まれるAI』と『人間と協働して問題解決するAI』の研究に取り組んでいます」と話し始めました。言い換えれば、人が存在を意識しない自動運転や画像認識などのAIと、人と会話しながら問題を解決する、例えば医療診断や故障診断などのAIというわけです。

さらに別の表現をすると「人間に迫る」と「人間を超える」という2つの流れとも言えます。前者の代表例として同氏が挙げるのが米IBMが展開する「Watson」。コールセンターや医療機関、法律相談などでアドバイザーやアシスタントのように、人をサポートします。

後者の代表例は米Googleの「AlphaGo」。2016年3月、世界トップクラスのプロ棋士に3連勝した囲碁ソフトです。その詳細は『Google AlphaGoの仕組みを理解する─AI技術は今、どこまで進化したのか?』をお読み頂くとして、人間を超えるということは、すなわち人間を置き換える可能性につながります。辻井氏ら日本の研究者は、これらの両面から研究を進めているわけです。

AI研究はビッグデータが鍵を握る

続いて同氏は、主に米国と日本のAI研究のアプローチの違いに言及しました。特に米国で研究開発が活発な「人間を超えるAI」においては、「巨大なIT企業が優れた研究者を世界中から集め、自らが日々収集する巨大なデータを使って、AIを開発しています。それを自らのサービスに適用し、結果を研究へフィードバックすることを短いサイクルで回しています」(同氏)。人間を超えるAIはビッグデータなしには成立しにくいというのです。

日本はどうでしょう。辻井氏は「研究者が個々に基礎研究に従事しており、それぞれの研究成果を統合して革新的なAIを開発するような動きはこれまで、あまりありませんでした」と述べます。それを変革するのが人工知能研究センターの役割であり、「企業や大学が取り組んでいる言語理解や行動分析、予測・推薦、計画・制御、パターン認識といったAIに係わる様々な技術と社会のニーズをうまく連携させて、循環させていく役割を担っていく」(同)と言います。2015年5月の発足から1年、人工知能研究センターの役割とミッションが見えてきた段階と言えるでしょう。

ただしAI応用の可能性について、辻井氏は必ずしも楽観的に見ているわけではありません。「AI応用は社会の様々な分野に及びます」と説明しつつ、「実社会の問題解決にAIを適用するのはなかなか難しい面があります。問題解決を図るには該当分野の知識を習得できなければなりませんが、実社会のデータは簡単には取得できないからです」(同)と言います。社会ニーズに対応するには、例えば交通機関の運行状況や、電力/ガスといったエネルギーの消費状況、天候の推移などなどのビッグデータが関わってきます。

そこで重要になるのが公的機関や企業、大学との連携。「AIはIoT(Internet of Things:モノのインターネット)やロボティクスなどと密接に関係します。日本ではそうした領域に強い企業が多い。この点では、AIの研究を進めるために良い環境にあると考えられます」。具体例として同氏が挙げたのは、トヨタ自動車と、IoT分野へのAI適用を研究・開発するPreferred Networks(PFN)が連携して実現した「ぶつからないクルマ」。サーバーで動作するPFNの人工知能が学習した結果を送り、それぞれのクルマが自律的に衝突することなく走行します。

こうした仕組みは介護ロボットや生産現場のピッキング・ロボットなどにも応用できます。辻井氏は「この辺りの技術は日本が強いところ。人工知能研究センターがハブになり、様々なビジネスやサービスを立ち上げていきたいです」と締めくくりました。

AIは私たちの仕事や社会をどう変えていくのか

続くパネルディスカッションで口火を切ったのは、日経BPの杉山氏(写真3)。「日経ビッグデータが2015年に大手企業の経営者を対象に実施した調査では、大手企業の経営者はAIに対して肯定的で、約6割の人が何らかの業務を担うことを期待するという結果になりました」。つまり「生産、物流、建設などの現場業務は72%の人が、オフィスでの知的労働は61%の人が、店頭や接客のコミュニケーションについては58%の経営者が、人がこなす仕事の一部を代替していくと回答しました」(杉山氏)。

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写真3:日経BP社 執行役員で日経ビッグデータ発行人を務める杉山俊幸氏

野村総合研究所(NRI)と英オックスフォード大学による共同研究では「創造性、協調性が求められる非定型業務は困難だが、年収水準が高い職業であっても、公認会計士や法弁理士、司法書士といった業務は90%ぐらいが代替可能という結果でした」(同)。

続いてMITのスプツニ子!氏は、「アーティストの視点からディスカッションしていく」と宣言したうえで、「日本ならではのAIの生かし方」として次の3つを挙げました(写真4)。第1は「AI×身体性」。日本の持つハードウェア力、ものづくりの精密さや職人芸をAIに移植するというものです。

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写真4:アーティストでありマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ助教のスプツニ子!氏

第2は「AI×友達感」。スプツニ子!氏は「ドラえもんなど、日本には『ロボット=友達』という感覚が他国より強いように思う。そのあたりもAIにおける日本の強みになるのでは」と指摘しました。スプツニ子!氏自身、友達から聞かされても困るような「うざったい、のろけ話などを聞いてくれるロボットが欲しい」のだそうです。

第3は「AI×モラル(おもてなし)」。スプツニ子!氏は「AIがどんな社会でラーニングしたかは非常に重要な要素。日本は世界でもモラルが高いと言われているだけに、日本でモラルや社会規範を学習させれば独特のAIが生まれてくるのでは」と提案しました。

日本の風土やモラルはAI育成のポテンシャルが高い

スプツニ子!氏の第3の投げかけをきっかけに、ディスカッションの話題はモラルへと傾きました。口火を切ったのは辻井氏。米マイクロソフトのチャットが差別的な発言を繰り返してサービス停止に追い込まれた例を挙げ、「創造性もそうですが、出てきたモノの価値をどう見るかをコンピュータは判断できません。日本のデータで学習したAIは日本のモラルを学習しますが、今のAIの作り方では『こういうことは省く』というようなモラルに関するプログラムは、人間が別に作って対応するしか方法がないのです」とテクノロジーの限界を明かします。

人間が対応するしかない点に対し杉山氏が「国によって何を幸せと思うかは違う。そこをどう設定していくのか、その設定を人間が担っても良いのでしょうか」と疑問を投げかけると、スプツニ子!氏も「どの大衆のデータから『モラル』を作るのが正しいのかは難しい問題です」と呼応しました。

この問題について辻井氏は自動運転を例に挙げます。「運転時の判断は人によって変わります。それを問題にしないのは相手も人間だからです。相手が機械に置き換わった瞬間、判断に不信感を抱くようになります。実は私たちは『人間だから』ということを最後のよりどころに判断しているのです」。

ここで司会の岡本氏は、「AI×身体性」すなわち「日本のモノ作り力とAIを組み合わせれば、どんな可能性が広がるか」という質問を投げかけました(写真5)。辻井氏は「日本は様々な技術分野に熟練者がいる社会。ロボットが技術を習得する環境としては恵まれています」と回答。杉山氏も「AIが熟練技術を再現する。それによって日本がもう一度、世界に輝けるチャンスになるのではないか」と続けました。

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写真5:モデレーターを務めた富士通研究所 知識情報処理研究所 人工知能研究センター長の岡本青史氏

最後に辻井氏は「日本はよい風土・よいモラルを持っている国であり、AIを育てていくポテンシャルは高いでしょう。ただしAIが社会に浸透していくと、パラダイムシフトが起こるのは確実です。そのときにうまく変われないと、社会全体がガラパゴス化してしまう危険性があります。日本がパラダイムシフトの波に乗るためには、社会を設計し直すことも必要になってくるのではないでしょうか」との見方を示しました。

AIの発展は「モラル」や「社会や人の受容度」という技術以外の部分をどう解決していくかに大きく左右されるようです。同時に、感情の部分では機械は人を超えられないことも示唆されました。

執筆者:中村 仁美(フリーランスライター)
撮影:坂野 則幸(SOLEADO

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