自動車業界にもオープンソースの波、日本勢主導で進む「Automotive Grade Linux」プロジェクト

2017.05.09
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IoTやAIへの関心が高まっていますが、このIoTの進化をリードしてきたのが「コネクテッドカー(つながる車)」です。このコネクテッドカーを支える基盤技術の開発においても、オープンなコミュニティが協働して開発するオープンソースの波が広がっています。その1例に日本の自動車メーカーが主導する「AGL(Automotive Grade Linux)」プロジェクトがあります。AGLによってコネクテッドカーには、どんな未来がもたらされようとしているのでしょうか。

車にも家庭やオフィスと同じ接続環境を

自動車はこれまでも「走るコンピューター」と呼ばれるほどに電子化が進んでいる機械の1種です。エンジンやブレーキ、ハンドル操作などの多くがコンピューターによって制御されているからです。しかし現在の自動車は「走って“つながる”コンピューター」だと定義したほうが、より正確でしょう。この“つながる”を実現しているのが、IoT関連技術です。自動車単体で制御されてきた各種の機能が、ネットワークにつながることで、新たな機能が実現されようとしています。

コネクテッドカーの世界におけるオープンソースソフトウェア(OSS)のプロジェクトの1つが、2012年9月にスタートしたAGLです(図1)。ゴールには、「現在の家庭やオフィスと同水準の接続環境を自動車内に求める消費者の期待に応えること」「自動車に、より柔軟で応用範囲の広いシステムを構築すること」を掲げています。プロジェクト名に「Linux」が含まれていることからも分かるように、Linux業界全体のイノベーションとエコシステムを推進・拡大するプロジェクトである「The Linux Foundation」の下で活動しています。


図1:「Automotive Grade Linux」のホームページの例

AGLが最初に取り組んだのが、「IVI(In-Vehicle-Infotainment:車載インフォテインメント)」と呼ばれる車載機器用の基本ソフト(OS)の標準化です。ダッシュボードやメーターコンソールに設置するディスプレイに、車内外から取り込んだ様々な情報を表示できるようにします。IVIの世界では、メーター類も機械式ではなく、グラフィックで表現されるようになります。現在のAGLは、IVIにとどまらず、テレマティクス(Telematics:道路の混雑状況や電子メール、店舗情報など種々の情報をリアルタイムにやり取りする仕組み)や、計器盤、ヘッドアップディスプレイ、先進運転システム(ADAS=Advanced Driver Assistance Systems:事故などの可能性を事前に検知・予測する仕組み)などの標準化にも取り組んでいます。

世界の主要ベンダーの中で日本企業がリーダーシップを発揮

AGLの参加メンバーは年々増えており、2017年4月時点で90社を超える企業が名を連ねています。最近も、2017年1月に開かれたデジタル機器の国際展示会「CES(シーイーエス)2017」では、メルセデス・ベンツの親会社である独ダイムラーが参画、前年の「CES 2016」では、米フォードのほか、マツダ、三菱自動車、スバルの4社が参画しています。

最新のAGLのメンバー一覧を見ると、日本企業が積極的に参加していることに気づきます(図2)。最上位のプラチナメンバーは、デンソー、マツダ、パナソニック、ルネサス、スズキ、トヨタ自動車の6社。次のゴールドメンバーはホンダ(本田技研工業)とNTTデータMSEの2社と、すべて日本企業が占めています。つまりAGLの活動は日本企業が中心になり推進しているといっても過言ではありません。フォードやダイムラーなどの海外メーカーも参加するなか、こうした布陣は他のOSSプロジェクトやコンピューター分野の標準化などでは、なかなか目にできません。


図2:AGLのプラチナメンバー6社とゴールドメンバーの2社は、いずれも日本企業

そもそもAGLは、自動車業界の標準をオープンに進めるという点で、自動車業界の変革の象徴の1つだと言えます。自動車という製品は本来、その生産サイクルが非常に長く、メーカー各社は“自前技術”にこだわる傾向が強くありました。結果、生産プロセスにも「標準技術や最新技術を素早く実装する」というアプローチは、なかなか適用されませんでした。業界特有の”こだわり”はこれまで、消費者や市場にメリットをもたらしてきました。

それがコネクテッドカーになり、よりソフトウェアへの依存度が高まるにつれ、そこでの生産サイクルは短くなり、最新技術を素早く実装する必要性が高まってきたのです。だからこそAGLでは、業界全体で協力体制を作り、標準化/共通化できる部分を拡大することで、自動車の製造期間を短縮し、コストの削減を図ります。その恩恵は、消費者や市場に還元され、業界全体の迅速で、かつ健全な発展をうながすことになります。

トヨタが主導し併存した3プロジェクトの基盤を1つに

設立から4年半が経過したAGLの活動成果としては、IVIのAGL標準となる「UCB(Unified Code Base)」が挙げられます。AGLは当初、設立メンバーの1社である米インテルが推進していたLinuxプロジェクト「Tizen」をベースに「Tizen IVI」を開発していました。一方で、同じTizenを参照しIVIを開発するプロジェクトである「GENVI Alliance」がAGLとは別に活動していました。独BMWなどが2009年に設立した非営利団体です。

AGLとGENVI、そして両者が参照しているTizenの3者は、いずれも同じソフトウェアをベースにしており、その開発では協力し合うことを当初から約束していました。しかし組織体制の違いを超えてプロジェクトを一本化することは予想以上に難しく、開発体制は3つに分散したままでした。この状況を改善すべく立ち上がったのがAGLのリーダー企業の1社でもあるトヨタです。

2015年4月、トヨタは3つの開発体制の一本化を提案します。具体的には、当時の主流だった「Tizen IVI 3.0」から、AGLが推進する「UCB」にプラットフォームを変更するというもの。UCBの“U”は「Unified(統合)」を示しており、トヨタとAGLの強い思いが込められていることが分かります。その後、トヨタは2015年6月にAGLの要求仕様書を発表し、半年後の2015年12月には最初のバージョンである「UCB 1.0」をリリースしました(図3)。


図3:「UCB」を使った自動車用画面の例。デモプログラムで作成した

翌月のCES 2016において、UCB 1.0を使ったHVAC(Heating、Ventilation、and Air Conditioning)システムなどを全世界に向けて、お披露目しました。HVACの画面には、車の速度や燃料の残量、温度といった情報を表示するほか、ドライバーや同乗者は同画面のタッチインタフェースを使って冷暖房や送風を切り替えられます。オーディオや位置情報などを扱うシステムとも連携できます。

最新版となる「UCB 3.0」では、IVIに実装するソフトウェアのうち70〜80%をAGLのコミュニティが提供する予定です。UCB3.0を採用すれば個々の自動車メーカーは残りの20〜30%を開発すればカスタマイズしたシステムが完成するため、開発負担を大幅に減らせることになります。

セキュリティへの取り組み強化に向け専門ベンダーが参画

コネクテッドカーを語るうえで、どうしても避けて通れない課題にセキュリティがあります。自動車における“安全”は人の生命に関わる問題なだけに、容易に攻撃されることは絶対に避けなければなりません。AGLもセキュリティに対しては力を入れて取り組んでいます。

AGLのホワイトペーパーは、「あらゆる自動車システムは車の寿命期間、セキュリティや機能のバグ修正を目的とした定期的なアップグレードが常に必要とされる。そして、その間隔は、より速いサイクルへと変わりつつある」としています。そのためAGLには、セキュリティ専業ベンダーも参加しています。特に2016年9月に新たにメンバーに加わった、中国AutoIO Technology、蘭Irdeto、フィンランドのLink Motion、米Pocket Soft、エスディーテック、米Synopsysの6社は、いずれも車載ソフトウェアのセキュリティに対する知見を持っており、AGLにおけるセキュリティへの対応は、より強化されると見られています。

ほかにもAGLは、メンバー企業によるミーティング「AGL All-Member Meeting」において「セキュリティサミット」を開催するなど、セキュリティへのフォーカスを強めています。ただ残念ながら、コネクテッドカーをターゲットにした攻撃は今後、増加していくのは間違いありません。AGLとしては、他のIoT業界の取り組みなどを参考にしながら、自動車業界に最適化した強力なセキュリティ体系を築き上げる必要があり、そのためにやるべきことは多数の課題として残されているといえそうです。

標準があるからこそイノベーションが際立つ

自動車という巨大な産業において、AGLが取り組む「共通技術をベースに標準化を目指し、エコシステムを拡大していく」という作業は、そう簡単ではありません。しかし、コネクテッドカーが世の中に、より浸透するためにはIVIなどのソフトウェアのコモデティ化は不可欠であり、標準をベースにするからこそ、各社のイノベーションが、より際立つことになるでしょう。

これまで標準化や共通化という文化を苦手としてきた日本企業ですが、その日本企業が中心になってコネクテッドカーの標準化に貢献することは、自動車業界はもとより、他業界にとっても非常に意義があります。セキュリティへの取り組みを含め、AGLの活動、そして日本企業の取り組みに大きく期待したいところです。

執筆者:山本 貢嗣(Digital Innovation Lab)、五味 明子(ITジャーナリスト)

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