ビッグデータで変えていく医療の未来、これからの医療データの活用法とは

2016.06.14
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「課題先進国」とも呼ばれる日本。その課題の1つが少子高齢化であり、それに伴う医療費負担の増加です。そのため最近は、病気にならないように体調を管理し対策を取るヘルスケアの重要性が高まっています。高齢化社会における「健康長寿社会」をどう創り上げるのか。その方向性を示すカンファレンスが2016年5月19日に開かれました。テーマは、『医療現場のイノベーション 健康長寿社会の実現に向けて‐ヘルスケアデータの活用が変える「医療の未来」‐』です。

登壇者は3人。慶應義塾大学の医学部 医療政策・管理学教室 教授である宮田裕章氏と、アクセンチュアでAccenture Data Science Center of Excellence 北米地域統括 兼 アクセンチュア アナリティクス日本統括を務める工藤 卓哉 氏。そして、 産業技術総合研究所 人工知能研究センターで人工知能応用研究チームを率いる村川 正宏 氏です。それぞれの立場から、ビッグデータが医療現場をどう変えていくかについての見方を示された後、3者によるパネルディスカッションも開かれました(写真1)。

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写真1:カンファレンス後半に開かれたパネルディスカッションの様子

2025年問題への対処はビッグデータの活用が不可欠

宮田氏はまず「2025年問題に対してはITをどう使うかがカギになる」と指摘しました(写真2)。2025年問題とは、団塊の世代が同時期までに75歳以上の「後期高齢者」になり、介護や医療費といった社会保障費の急増が懸念されること。それまでに、その後の数十年をも見据えた社会保障に押し潰されないためのシステム作りが必要というわけです。

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写真2:慶應義塾大学の医学部 医療政策・管理学教室 教授である宮田裕章氏

そのシステムの中核をなすのがデータベースです。過去のデータと比較することで医療やサービスの質をプロセス面から確認できるうえに、治療時のデータを入力すれば推奨される治療プロセスや守るべきチェックポイントが分かったり、それらが守れているかどうかを評価したりが可能になるからです。

こうした理論に加え現実世界の証拠に基づく医療は、「次世代型EBM(Evidence-Based Medicine)」のスタンダードになるでしょう。ビッグデータを使うことで、患者個人の状態を勘案しながら、それぞれに最適な治療法などを提案できるのです。既に日本では、臨床現場が主体となって2010年から構築してきている臨床データベース「NCD(National Clinical Database)」があります。NCDは専門医制度と連携した臨床データベースで、4000以上の施設が参加し、外科手術においては98%以上の症例をカバーする世界有数の規模になっています。

ただし、データベースの考え方は大きく変わっていくと宮田氏は見ています。従来の施設ごとや学会ごとにデータを抱え込む構造ではなく、患者/個人を軸に医療や介護の関係者が共有できるデータベースにならねばなりません。情報を共有することで、個人を軸にみんなが診断し治療していく必要があるからです。

データベースの活用により入院日数は最適化され、治療方針のアルゴリズムを考え決めるのは中央でデータを扱う医師たちに集約されていくでしょう。結果、患者の近くにいる、かかりつけ医の仕事は、患者を健康な状態に保つためのマネジメントへと変わっていくかもしれません。病院施設の配置も、何でも対応できる病院をまんべんなく整備するのではなく、検診・検査、手術、術後治療・フォローアップなど機能ごとに集約し、地域全体で機能を構成するということも1つのアプローチです。実際、このような考え方を広島県が採用し、結果を出し始めています。

ウェアラブルデバイスがヘルスケアデータを身近に

次に工藤氏は、医療ビッグデータの取得に向けて、スマホやウェアラブルデバイスの普及が大きな意味を持つと話しました(写真3)。私たちの身体をモニタリングするため仕組みが多数登場してきています。例えば、服薬状況をより細かく把握できる無線のICチップを内蔵した錠剤、乳幼児の体温を正しく測れる、わきの下に張るシート、数分後の排泄を予知するウェアラブルデバイスなどです。

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写真3:アクセンチュアでAccenture Data Science Center of Excellence 北米地域統括 兼 アクセンチュア アナリティクス日本統括を務める工藤 卓哉 氏

ヘルスケアにウェアラブルデバイスが関わってくる領域は確実に増えています。今後は、こうしたウェアラブルデバイスが取得したデータを活用することで、自覚症状が出てから医者に掛かるという形から、モニタリング結果から自覚症状が出る前に予防をアドバイスするという形へと変化すると見られます。既に、睡眠状態の浅い・深いに合わせて室温を最適に調整できるシステムが実現されていると工藤氏は話します。

こうしたヘルスケア領域のデータ活用で求められるのがデータサイエンティストです。ウェアラブルデバイスから送られてくるビッグデータの分析に関わる人材は、日本だけで25万人不足すると調査結果があります。その原因を工藤氏は「データサイエンティストの年収が日本では欧米に比べて低いため」だと説明します。同氏によれば、アメリカのデータサイエンティストの年収の中央値は10万ドル(約1000万円)を超えますが、アジアのそれは5万ドル(約500万円)を下回っているのです。

しかも医療現場とデータ分析の現場をつなぐデータサイエンティストは単にデータ分析の専門家では不十分です。工藤氏は、4つのスキルセットが必要だと言います。具体的には、(1)医療現場の業務知識、(2)統計的根拠に基づくデータ解析力、(3)技術や事例のトレンド知識、(4)コミュニケーション能力です。ただ、これらすべて備える人材はまれなうえに、実際の作業は泥臭く忍耐強さが求められため、「複数人からなるチームが補完しあってプロジェクトに当たる」(工藤氏)というアプローチもあるようです。

AI技術を使いがん細胞の画像を選別

最後に村川氏は、医療現場でのデータ活用においてはAI(Artificial Intelligence:人工知能)の活躍が不可欠だと語りました(写真4)。既に医療現場では多くの画像情報が利用されています。例えば癌治療の現場では、内視鏡や手術などで採取した組織の画像、乳がんを診断する乳腺超音波診断における動画などがあります。ただ、これら画像の取得が容易になればなるほど、医師が確認するための負担は増え、そのために病変を見落としてしまうリスクが逆に高まってしまうのです。

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写真4:産業技術総合研究所 人工知能研究センターで人工知能応用研究チームのチーム長である村川 正宏 氏

そこで、似通った画像の中から、どれが正常で、どれが病変なのかを見極める際にAIの助けを借りようという実験が始まっています。AIに正常な画像を多数学習させ、正常ではない画像の候補に絞り込ませることで、医師の負担を軽減しようという仕組みです。初期実験では、正常な画像50枚と、がんの画像24枚の合計74枚から、正常な画像を省くというテストにおいて、がん画像の見落としは0%、正常な画像を「がん画像かも」と検出したのが4%という検出率まで実現できています。

こうした仕組みが実用化できれば、医師は、あらかじめ正常ではない画像に絞り込まれた状態から診断を始められるため負担が軽減されます。加えて、医師とAIによるダブルチェックにより病変などの見落とし防止も期待できます。

ただ、学習に基づくAIシステムは、「事例が集まらないと認識性能が向上しない」「完璧な支援システムでなければ現場には投入できない」という“鶏が先か、卵が先か”の問題になりがちだと村川氏は指摘します。これを打破するには「システムによる誤検知を医師が訂正すれば、その訂正内容を追加で学習し使われながら賢くなる仕組みも構築する必要がある」(同)ようです。しかし、ただでさえ忙しい医師に誤検知の訂正など、さらなる負担を求めるには「何らかのインセンティブが必要」との課題を示しました。

医療の未来のあり方をみんなで考える

各講演に続くパネルディスカッションでは、宮田氏、工藤氏、村川氏をパネリストに、モデレーターとして聖路加国際大学 情報システムセンター長の嶋田元氏が加わり、これからの医療とITの関わりについて議論がなされました(写真5)。嶋田氏は、聖路加国際病院 消化器・一般外科の副医長でもあります。

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写真5:モデレーターを務めた聖路加国際大学 情報システムセンター長の嶋田元氏

医療現場へのIT導入について、まず村川氏は、「医学書の代わりになるもの、類似症例を案内できるものは、お医者さんの支援でスムーズに導入できるのではないか」とし、宮田氏は「放射線と病理における遠隔共有とリソースの活用が最初に進むのではないか」との見方を示しました。「AIが支援するデータベースはグローバルに価値があるだけに、グローバルなプラットフォームが生まれることは間違いない」(宮田氏)とも言います。

ただ宮田氏は、IT導入の壁として「プライバシー」を挙げます。導入メリットがはっきりと見え留用になる前に、「個人の医療データが流出したらどうなるのだ」という話が始まってしまうからです。「プライバシーのリスクはゼロにはできません。ですが、医療関連データを活用しないと今後は、国としての存続も厳しい」(同)のが現実です。

プライバシー問題の解決策として宮田氏は、「患者の視点に立って医療行為を客観的に考えていくことが最初のステップになる」と話します。具体的には、個人個人の治療に落とし込みながら、データを共有しての対話を続けていることです。「生存率が良い悪いというだけでなく、患者が自宅で良い生活ができているのかどうかまでを考えられるようになれば、ITへの嫌悪感も下がるだろう」というわけです。

個人の価値観が多様化してきており「長生きすれば幸せ」というだけではない多様な価値観に配慮した医療が求められています。真の価値観に配慮した医療は「今も模索中」(嶋田氏)ではありますが、データの利用や、それを分析し活用できる人材の育成について、医師・患者の別なくみんなが考えていく必要がありそうです。

執筆者:奥野 大児(ライター/ブロガー、https://twitter.com/odaiji)
撮影:吉田 大介

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