ビジネスにもデザインが重要に、世界の若者が学ぶデザイン戦略MBAコースを覗いてみた

2017.07.20
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「最近、デザインシンキングという言葉を良く聞くようになった」−−。そう感じている読者も少なくないのではないでしょうか。実は今、デザインシンキングを筆頭に“デザイン”というキーワードが、その意味を変えながらビジネスの領域へ浸透しつつあるのです。そのためデザイン戦略に特化したMBA(経営学修士)コースも登場しています。そこでは、どんな授業が展開されているのかを知るために、米サンフランシスコで開かれているMBAコースを覗いてみました。

2011年以降、大企業がデザインファームを買収

「デザイン」と聞けば、何を思い浮かべますか。一般には車のデザインや服のデザインなどかもしれません。しかしデザインが、製品の形や色、ブランディングなど目に見えるものだけを対象にしてきたのは1990年代のこと。以後、デザインの対象は、より広範囲に広がっています。

まず2000年代後半にはイノベーションを支えるユーザー体験(UX:User Experience)など目には見えないサービスが対象になり、近年は企業カルチャーや経営戦略なども対象になっています。2011年以降は、米国のテクノロジー企業や戦略コンサルティングファームがデザインファームを次々に買収しています(表1)。自社ビジネスの価値を高めたり、あるいはデザインのコンサルティングを手がけたりするためです。

実施年 買収企業 被買収企業 注力セグメント
2011年 Facebook Sofa ソフトウェアデザイン、インタラクションデザイン
GlobalLogic Method ブランドデザイン、ビジネスデザイン
2012年 Google Mike & Maaike ハードウェアデザインスタジオ
Facebook Bolt Peters UXリサーチ、UXデザイン
2013年 Facebook Hot Studio UXデザイン
Accenture Fjord サービスデザイン/ストラテジー、
デジタルプロダクトクリエーション
2014年 Facebook Carbon Design Studio プロダクトデザイン
Google Gecko Design メカニカルデザイン
Capital One Adaptive Path UXデザイン
2015年 Facebook Teehan+Lax ビジュアルデザイン、UXデザイン
BBVA Spring Studio UXデザイン
McKinsey & Company Lunar Design プロダクトデザイン
Accenture ChaoticMoon ソフトウェアデザイン、デザインスタジオ
PricewaterhouseCoopers Fluid マーケティングデザイン
2016年 Cognizant Idea Couture イノベーションデザイン、UXデザイン
JLL Big Red Rooster ブランドデザイン
2017年 Accenture Altitude プロダクトデザイン
表1:米国のテクノロジー企業や戦略コンサルティングファームによるデザインファームの買収例

こうした変化の背景には、顧客ニーズの多様化・複雑化とデジタルテクノロジーの発達があります。90年代の「自社で独自に開発した製品を売り切る」スタイルは、デジタル時代には「顧客を観察し、顧客とともに考え、デザインしたサービスや体験を提供する」スタイルへとシフトする必要に迫られました。そこでは「前提や思い込みをなくし“ゼロ”から顧客ニーズを把握し、多様な選択肢からアイデアを発散させ、総合的な観点から最適な製品/サービスを導く」という一連のプロセスが重要になり、同時にデザインプロセスやデザインツールの重要性が増したのです。

そして、こうしたデザインのアプローチを製品/サービスの開発などに適用し、組織文化として根付かせようとする経営戦略が「デザインシンキング」などと呼ばれ注目されているわけです。

デザイン戦略のためのMBAコースが続々と

デザイン思考が広がり「デザインがビジネスを成功に導く」という事実が証明され始めるなかで「デザイン戦略」という学術分野が確立され、それをテーマに掲げるMBA(経営学修士)などのコースが登場してきました(表2)。時価総額が300億ドル(3兆円強)を超える米Airbnbも、米国ロードアイランド州にあるデザインスクールで出会った学生2人が起業した会社です。

学校名 コース名 取得修士号 所在地
California College of Arts MBA in Design Strategy Business Administration 米サンフランシスコ
NorthWestern Kellogg MMM Program Business AdministrationとScience 米エバンストン
Parsons School of Art and Design Strategic Design and Management Science 米ニューヨーク
Brunel University London Design Strategy and Innovation MA Arts 英ロンドン
Swinburne University of Technology Master of Design Strategy and Innovation Design Strategy and Innovation 豪メルボルン
表2:デザイン戦略を扱うMBA(経営学修士)コースの例

これらのコースに共通するのは、デザインをビジネスに融合し、ビジネス全体をリードしイノベーションを起こし続けられる人材の育成を目的にしている点です。画期的な製品/サービスを開発するリーディングデザイナーの育成や、デザイン思考をはじめとするデザインツールを学術的に学ぶことが目的ではありません。

学生はデザイナーのメンタリティやデザインツールを学んだうえで、それらをどのように活用すればビジネス全体をリードしイノベーションを起こせるのかを、コースの大部分を占める演習を通して学んでいきます。

California College of Artsは2008年にMBAコースを開設

では実際に、デザイン戦略に特化したMBAコースでは、どのようにデザインとビジネスの融合を学んでいるのでしょうか。そこがとても気になった筆者は、米西海岸のサンフランシスコにあるCalifornia College of Artsが実施しているデザイン戦略のMBAコースを訪ねてみました(写真1)。サンフランシスコは、UberやAirbnb、Squareなど既存マーケットを揺さぶるディスラプター(破壊者)が集まる“イノベーションのハブ”とも言える場所です。


写真1:(提供:California College of Arts)

California College of Artsは1907年開校の歴史ある大学です。美術系アーティストやデザイナー、建築家の養成を目的としてきた同校は2008年、ビジネスのためのデザインを扱う「MBA in Design Strategy」を開設しました。同MBAコースの理念は「有益で倫理的、そして非凡な世界をデザインするリーダーを育成すること」です。

2008年の開設当初は「ビジネスにデザインを融合させるという考えが、どこまで受け入れられるかは定かでなかった」ようですが、開校から約100年の間に蓄積した教育方法やデザイン手法によって、ビジネスに変革を生み出したり、そのための人材を育成したりできると確信し、相当のリスクを取って開設したとしています。開設後は、世界中のビジネスパーソンや企業がデザインの重要性を徐々に知るようになり、同コースへの応募は爆発的に増えています。

MBA in Design Strategyのカリキュラムは、4学期制で進められます。各学期の必修科目は大きく次の3つがあります。

(1)デザイン手法の基礎を学ぶ科目:思考フレームワークやデザインツール、消費者ニーズの調査方法のほか、プロトタイピングの開発から検証までの手法、ビジネスプランの完成度の高め方などを1〜4学期にかけて学ぶ。

(2)経営管理科目:多くのMBAコースでも一般的なファイナンスや経営法務、組織論などを1〜4学期にかけて学ぶ。(1)と(2)の授業比率は4:6だが、経営管理科目で扱うユースケース演習やディスカッションにおいて、(1)で学んだ知識を応用することが常に求められる。

(3)スタジオプログラム:(1)と(2)で習得したセオリーを実践するプログラム。学期ごとに与えられたテーマに沿って、チームまたは個人が、(1)と(2)で習得したデザイン手法や経営知識を活用し、経営戦略を考案・検証していく。

卒論にあたる事業プレゼンにはデザイン手法が浸透

本コースの、もう1つの特徴に「必修科目の座学授業は月に4日間のみ」という点があります。それ以外の時間に学生は、課題や、Studioプログラムの準備、専門性をより高める選択科目を受講します。スケジュールを柔軟に決められることから、学生のほとんどがコースで得た専門性を活かしてインターンシップとして働いているそうです。

筆者も実際に、スタジオプログラムの1つである「Venture Program」に出席してみました。Venture Programは、いわゆる卒論にあたるプログラムです。4学期の最後にコースの集大成として、自らが起業家になった場合のビジネスプランを発表します。そのために学生たちは、それまでに学んだデザイン手法を活用しながら、実ビジネスでも重要な革新性や、顧客ニーズとの合致度、マーケットでの競合、事業の継続可能性、財務、社会的貢献の観点などを絡めたビジネスプランを練り上げます。

参加当日は、Venture Programの最終日で、プレゼンテーションに臨んだ学生が、指導教員と他の学生からの質問に回答していました(写真3)。プレゼン資料には、デザイン手法の名称や図が散りばめられていました。特に興味深かったのは、学生たちが指導教員からの鋭い指摘に対し必ずと言っていいほど、なにかしらデザイン手法の利用結果を提示しながら回答していたことです。彼らのビジネスプランの根底にデザインが根付いていることの表れでしょう。


写真2:実際の授業にて、ビジネスプランをピッチする学生の様子(左)とデザイン手法のひとつであるWhat If分析の結果を説明する学生の様子(いずれも筆者撮影)

卒業生の多くが大手企業で活躍

学生として学んでいるのは55%がデザイナー、残りの45%がエンジニアやビジネスデベロップメントの担当者などです。卒業後の進路は様々です。入学前に務めていた企業に戻って経営戦略やプロダクトの価値向上に貢献するポジションに就いたり、ステップアップしてリーディングカンパニーに転職したり、起業したりです。

筆者がインタビューしたCarley Jacobson(カーレー・ジェイコブソン)氏は、卒業後、友人が立ち上げたBusiness Modelsというスタートアップに入社し、ストラテジーデザイナーとして働いています。Business Modelsは蘭Philipsやトヨタ、Microsoftなどに、プロダクトの企画から経営戦略の立案までのコンサルティングや人材育成トレーニングを提供しているとのことでした(写真3)。


写真3:デザインツールを活用しながらディスカッションしている様子(左、提供:California College of Arts)と、卒業後、デザインストラテジーコンサルティング会社で働くCarley Jacobs(カーレー・ジェイコブス)さん(筆者撮影)

California College of Artsの卒業生の勤務先や転職先には、GoogleやFacebook、Amazon、Apple、IBM、Microsoftなどの米大手ITベンダーのほか、仏ルノーや独BMW、独Audi、そしてホンダといった自動車メーカーや、Nike、Adidas、Pumaなどのアパレルメーカーなども挙がっています。ビジネスをデザインするという考え方は、もう珍しいことではないようです。

執筆者:鎌松 香奈子(Digital Innovation Lab)

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