米CellScopeが手がける“耳”の遠隔診断サービス、子供に多い中耳炎の治療支援で保護者の負担軽減も

2018.04.24
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子供が掛かりやすい病気の1つに中耳炎があります。みなさんも子供の頃、中耳炎だと診断されプールに入れないといった経験があるのではないでしょうか。自然治癒が基本ですが、こじらすとやっかいで、長期の通院が避けられません。そうしたなか米国では、スマホを使って乳幼児の耳の病気について遠隔診断が受けられるサービスが提供されています。2人の子供の母親でもある筆者からみた期待を含め、耳の遠隔診断サービスを紹介しましょう。

鼓膜の状態を専用の“顕微鏡”とスマホで撮影

乳幼児の耳の遠隔診断サービスを提供するのは、米CellScope。米カリフォルニア大学バークレー校(UCバークレー)のバイオエンジニアリング学部が2011年に設立したベンチャー企業です。同社の中核技術は、小型の顕微鏡。これを元に、発展途上国での遠隔医療に関する研究の一貫と起業しました。顕微鏡の商品名は「CellScopeOto」。スマートフォンに取り付けるためのアダプターなどを含め「Otoツール」として299ドルで販売しています(図1)。


図1:顕微鏡「CellScopeOto」と、それをスマートフォンに取り付けるためのアダプターなどをセットにした「Otoツール」(同社HPより)

CellScopeは、設立から約1年後の2012年6月には、米Khosla Venturesからシードラウンドで100万ドルを調達し、遠隔診断サービス「Cellscope」を開始。現在も継続しています。ちなみにKhosla Venturesは、コンピューター市場で「UNIXワークステーション」という分野を切り開いた米サンマイクロシステムズ(現オラクル)の共同創業者であるビノッド・コースラ(Khosla)氏が率いるベンチャーキャピタルです。

耳の遠隔診断を受ける手順は簡単です。CellScopeOtoをスマートフォンに取り付けるためのアダプターなどを含む「Otoツール」(299ドル)を購入し、OtoをiPhoneに取り付けます。これで耳の中の撮影が可能になります。撮影時は、無料のスマホ用アプリ「Seymour」が、鼓膜の場所の見つけ方などをガイドしてくれます。

撮影した動画は、やはりSeymourのガイドに従って医師に送ります。すると2時間以内に医師から診断結果とアドバイスが返ってきます(動画1)。初診料は無料で、その後の診察は1回15ドルです。画像の送信は24時間受け付けてくれるので、夜間や休日でも利用でき、その場合も、2時間以内に診断結果がとどきます。

動画1:「Otoツール」と無料のスマホ用アプリ「Seymour」を紹介するビデオ(27秒)

CellScope Otoそのものは、米国FDA(食品医薬品局)からクラス1の一般医療機器に分類されています。クラス1は、安全性と有効性を確保するのに一般的な管理で十分とみなされる医療機器で、メーカーの施設が登録され、品質管理システムの要件を満たしていることなどが条件です。CellScope Otoは、iPhoneへ装着するだけのデバイスであり、患者への負担も小さいと認められているわけです。

完治までの長期通院が遠隔診断なら不要に

「な〜んだ」と思われるぐらいシンプルな仕組みです。耳の奥の鼓膜の画像を撮るための顕微鏡さえ作れれば、明日からでも始められそうなサービスかもしれません。それがなぜ、母親の目からみたら期待が大きくなるのでしょうか。冒頭で触れたように、中耳炎はこじらせるとやっかいで、子供も親も長期間、通院しなければならず、心身共に負担が大きいからです。

中耳炎とは、風邪をきっかけに、鼓膜の奥に菌が入り、膿がたまっている状態のことです。特に急性中耳炎は、小児が発症しやすい代表的な感染症です。風邪を引きやすく、発育途中の耳の形状では菌が入りやすいためです。日本では、生後6カ月までに47.8%が、1 歳までには78.9%、2 歳までには91.1%が1度はかかるとの報告もあります。

急に腫れ、ゆっくり治るのが中耳炎の特徴です。痛みや熱は一晩か、2~3日で治まります。ただ痛みは消えても、鼓膜の奥に膿が残っている限り、鼓膜が動かないため耳の聞こえは良くありません。膿が完全に抜けるまでには、早くても1カ月が必要です。完治するまでは、1〜2週間置きに通院し、順調に治っているかどうかの診察を受けるのが一般的です。

ところが3カ月を過ぎても膿が残ることがあります。そうなると鼓膜を切開することになります。何度も切開している場合は細いチューブを入れる方法を採ります。耳の発達期に中耳炎を繰り返すと耳の発達が妨げられることもあるだけに、こうした外科的対処も不可欠になります。

そんな中耳炎ですが、CellScopeの遠隔診断サービスがあれば、どうでしょう。まず中耳炎のかかり始め。子供が耳を触っていても、それが中耳炎のせいなのか、ただ耳が痒いとか、眠くて不機嫌なだけなのかは判断が難しいものです。そんなとき、急性中耳炎だと診察が下れば、痛み止めを飲むなどとりあえずは症状を緩和させる処置が家庭で取れるようになります。

中耳炎だと診断されると、痛みや熱が下がっても膿が抜けきるまでは定期的に通院しなければなりません。診察自体は2〜3分ですが、病院によっては長時間待たなければなりません。予約制であっても、その予約を取ったり、それを忘れたりしないようにするなど、それなりの負担は残ります。CellScopeなら動画を送るだけですし、病院で病気をもらってしまうという感染リスクも防げます。

それでも治らないと、いよいよ切開やチューブということになります。切開後はやはり週に1回程度通院し、鼓膜の穴が閉じたかどうかを確認してもらわなければなりませんし、チューブも装着状態を月に1度はチェックしてもらう必要があります。鼓膜の穴の閉じ具合は個人差が大きく、なかには数カ月~数年というケースもあります。チューブの装着期間も1〜2年です。定期的な経過観察だけならCellScopeのオンライン診察が適していると言えます。

遠隔診断が働き方の自由度も高める

実は筆者の2人の子供も乳幼児期には中耳炎に良くかかっていました。当時は毎週末、病院に通っていたほどです。特に第2子は症状が酷く、鼓膜切開を繰り返した結果、チューブを挿入することになりました。上記で説明したように、鼓膜切開後もチューブ挿入後も、定期的な通院が避けられませんでした。

女性の社会進出が進み、働く時間と家族と過ごす時間をなんとかやりくりしている保護者が増える中で、通院や診察待ちのために一定の時間が定期的に取られることは、子供への負担はもちろん、付き添う保護者にも負担を強いることになります。そこがCellScopeのような遠隔診断サービスにより解消されれば、これからの働き方にとって、その自由度を高めることになります。

そして実はCellScopeの仕組みは、患者や家族だけでなく、医師にもメリットがあります。患者が送った動画は、医師が使う電子カルテシステムと連携し、診察プランの作成や研修生への教育などに利用できるからです。動画像はCellScopeが運用するプラットフォームに蓄積されますが、同プラットフォームは、医療情報に関するプライバシーとセキュリティを定めた法律「HIPAA(United States Health Insurance Portability and Accountability Act of 1996)」に準拠しています。

遠隔治療は良く離島や過疎地における医療対策として取り上げられますが、患者や付き添い者の“時間”という資源を考えれば、限られた地域だけに必要なサービスではありません。しかもCellScopeに見られるように、その仕組み自体が非常に高度である必要はありません。デジタルの力を求める状況は、私たちの日常生活のあちこちにありそうです。

執筆者:釘宮 沙織(Digital Innovation Lab)

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