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第10回 近未来のデジタル化社会と企業

2016.03.29
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デジタル化の潮流は急速な勢いで社会、そして企業に影響を及ぼし始めている。東京の街がオリンピックに湧く2020年には、交通・医療・エネルギー・金融・流通などの社会基盤は、どのように変貌を遂げているのだろうか。また企業における経営・ビジネス・組織・人々の働き方はどうなっているのだろうか。今から4年後の近未来の社会を展望してみよう。そこから今実践するべきことが見えてくるからだ。

これからのデジタル化社会のキーテクノロジ

初代iPhoneが発売された2007年頃に、現在のスマートフォンの普及を予測できた人はどれくらいいただろうか。読者はどうだっただろうか。情報通信白書によると2015年末のスマートフォンの世帯普及率は64.2%になると見込まれており、もはや複数台のスマートデバイス(タブレット端末を含む)を保有する人も珍しくない状況である。
それだけではない。技術進展のサイクルが短縮化していることにこそ、注目すべきだろう。電話の世帯普及率が10%を超えるまでにかかった年数は76年。ファクシミリは19年、携帯電話が15年だった。インターネットにいたってはわずか5年となっている(旧・郵政省通信利用動向調査)。オンライン上でハードウェアの設計・開発ができるプラットフォームを提供するUpverterは「2020年、インターネット接続されたデバイスは世界中で800億以上となり、これらのデバイスの50%以上が、新しいハードウェア企業の製品となる」と予測する。
テクノロジの進化がビジネスモデルの普及サイクルを短縮化していることにも注意すべきだ。。2009年に設立された自動車配車サービスの米Uberは、2015年の予約売上げが100億米ドル以上(このうち約20~25%が実際の手数料売上げとなる)と推定される大企業に成長し、2016年にはその2倍以上の売上げとなると予測されている。これは2020年までのわずか5年のうちに、我々がまだ知らない企業が革新的な技術やビジネスモデルで世界を席巻している可能性が十分にあることを示唆している。
それだけ先を読みにくいわけだが、キーテクノロジから見ていくと手がかりが得られるはずである。そこで2020年までのデジタル化を牽引し、社会・経済・産業・ビジネスに大きな影響を及ぼすものとして、IoT(Internet of Things)、AI(Artificial Intelligence)、それにAPI(Appication Programing Interface)の3つに着目してみよう(図1)。

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図1.2020年までのデジタル化を牽引する3つのキーテクノロジ(出典:ITR)

IoTは本連載第2回「IoTがもたらすビジネス変革」で言及したが、非常に幅広い分野での適用が進みつつある。特に交通、医療、エネルギー、防災、防犯、住宅といった人々の生活に密着した分野、それに製造現場、倉庫・物流、店舗といった非オフィス分野の革新に大きく寄与するだろう。急速に普及が進むスマートフォンも、人が常に持ち歩くIoTデバイスの1つである。ウェアラブルの端末の進化も相俟って、社会システムや人の消費行動などを大きく変えることは間違いない。
AIはコンピュータが発明されて間もない時期から研究されてきたが、10年ほど前まで実用化はあまり進まなかった。ハードウェアの性能やソフトウェア技術が不十分だったことが大きい。しかしハードウェアが級数的に進化し、クラウドもあるという今日では第3次AIブームと呼ばれるほど研究開発が活発になり、ビジネスへの適用も広がりつつある。
その火付け役のひとつがディープラーニング(深層学習)だ。生物の脳細胞の構造を真似たニューラルネットワークを多層化することで、従来よりも高い精度を実現する機械学習方式のひとつである。ディープニューラルネットワーク(DNN)とも呼ばれ、これを利用した画像認識は、ある意味で不可能を可能にした。数万、数十万の画像を特徴によって精度良く分類するといったことである。その精度は人間よりも高く、しかもコンピュータなので疲れを知らない。期待が高まるのも当然だろう。今後、IoT、ビッグデータ、ロボット工学などの周辺領域とともに応用範囲は拡大する見通しだ。2020年までの間にAIは人間の認識、意思決定、推測・予測などの能力の一部を代替もしくは補完することで、現時点では予想できないような飛躍的な発展を遂げると考えられる。
もう一つのAPIはどうか。AIなどと同列に取り上げることに違和感がある読者もいるかもしれないし、その概念は目新しいものではなく、コンピュータプログラムの機能や管理するデータなどを、外部の他のプログラムから呼び出して利用すること自体は、社内システムの開発などで当たり前のように使われてきた。しかし改めてAPIに注目するべきと筆者が考えるのは、政府・自治体、公共サービス、民間企業などが保有するシステムやデータベースのAPIを公開する動きが活発化しているからである。「APIエコノミー」と呼ばれる新たな価値連鎖が形成されつつあるのだ。
デジタルビジネスの多くは1社完結したモデルではなく、外部のパートナーや顧客を巻き込んだものとなる。特にプラットフォームビジネスを展開するにあたっては、全てを自社でゼロから開発することは合理的ではなく、APIによる既存のサービス活用が増えると考えられるからである。Webサービス事業者やネット企業以外の一般の事業会社が、自社のコア事業の強みを活かしてAPIエコノミーの提供元となるケースも増えるだろう。前に述べたIoTやAIについても、これらをAPIを介してつなぐことによって、新たなビジネスや価値連鎖が次々と創出されると予測される。そうしたAPIエコノミーが社会を、企業に変革を迫ることは容易に想像できるはずだ。
こうしたIT技術の進展、とりわけ人工知能やロボット工学の発展に伴って浮上する懸念が、人間が職を奪われるのではないかということである。筆者も、技術の進展が職を奪うことは避けられないと考える。これまでの歴史の中でも、自動車や鉄道の登場により、飛脚や人力車の職は奪われ、自動交換機によって電話交換手の職は奪われてきた。自動改札機によって切符切りの仕事はなくなったし、看板やポスターを作成したり、設置する仕事はデジタルサイネージに置き換えられた。
デジタルカメラの登場によって写真のフィルム現像や紙焼きをする店が激減したことも記憶に新しい。今後、新聞、書籍などの情報媒体のデジタル化が進み、コールセンター、店頭、窓口対応などの機械化は否応なしに進む。建設現場、農業、水産業などの分野にもIoTやAIは浸透していくだろう。技術は企業の生産性向上に向けて、既存の仕事を奪いながら進展してきているといっても過言ではない。

企業組織に影響を及ぼす3つのクラウド

キーテクノロジではないが、これからの企業組織や働き方に影響を及ぼす3つのクラウドについても述べておきたい。3つのクラウドとは、クラウド・コンピューティングとクラウド・ソーシングおよびクラウド・ファンディングである(図2)。最初のクラウドは「Cloud(雲)」で、後者2つは「Crowd(群衆)」を意味する。クラウド・コンピューティングは、前述のIoTやAIなどと同様の技術トレンドであり、普及が進んでいる。重要だが、もはや当たり前の選択肢の1つであり、キーテクノロジとはいえない。クラウド・ソーシングおよびクラウド・ファンディングは、テクノロジではなく業務の遂行形態や資金調達形態である。

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図2.3つのクラウド(出典:ITR)

これらは、それぞれ異なる分野の動向であるものの、共通する部分がある。それは、企業の資源所有の考え方を変えたという点である。「持たざる経営」という言葉が1990年代から使われるようになり、工場を所有せずに製造業としての活動を行うファブレスという考え方も一般化している。製造業にとって重要な工場や生産設備という経営資源を所有しないという選択肢が浮上し、それ以外にも在庫を持たない、店舗や販売網を持たないといった経営資源の一部を所有しないで事業を推進することは1つの経営形態として認知されている。
クラウド・コンピューティングの持つ特性は、少ない初期投資で始められ、拡張・縮退が容易であるといったデジタルビジネスが求める要件と極めて高い一致を示していることであり、今後のビジネス基盤として重要な位置を占めるようになるだろう。企業は、デジタル化する社会において重要性を高めるITという経営資源についても、所有から利用への転換の道を選び始めている。
もう1つ重要な経営資源である「人」や人の持つ「知恵」についてはどうだろうか。これに対してはもクラウド・ソーシングが有望な解を提供する。従業員によって実行されている機能を、公募するような形で不特定の人々のネットワークにアウトソーシングするものであり、役務だけでなくビジネスアイデアなどの知恵についても外部に求めることができるモデルだ。定型的・日常的に行われる既存の業務はともかくとしても、迅速に立ち上げ、見込みがなければすぐに縮退する可能性がある新規事業は完全自前主義よりもクラウド・ソーシングの方が相性が良い。
初期のクラウド・ソーシングは、データ入力などの比較的単純な役務の調達と、ホームページ作成、アプリ開発、ロゴやチラシのデザイン、翻訳といった専門的スキルを持つ人の短期的活用が中心だったが、昨今ではアイデア公募、アイデアソン/ハッカソンなどにより広く一般の人々の知恵を活用しようとする動きが活発化している。三菱東京UFJ銀行ではFintech Challengeと称したアイデア公募を2015年から開催しており、2016年には「より身近で便利なIT×金融のサービスづくり」をテーマとしてアイデアソン/ハッカソンを実施する計画だ。
2015年12月には「クルマをITデバイスとして捉え新たな価値を創造せよ」を合言葉にしたMotors Hack Weekend 2015が、トヨタ自動車や日産自動車の協賛で開催されている。これを「単なるイベントだろう」などと見なすのは間違いである。今後、ビジネスモデルの創出や新規事業企画といった極めて戦略性の高い業務においても、企業は外部活用の機会を模索しするようになる。換言すれば自前主義は衰退しつつあると言わざるを得ない。2016年は、ユーザー企業(非IT企業)が本業分野のイノベーション創出を狙った知恵の外部活用を推進するハッカソン元年となると予測する。
新規ビジネスを創出したり、起業したりするには一定の資金が必要となるが、これについてもクラウド・ファンディングによって外部の力を活用できる。資金を潤沢に保有する大企業だけでなく、創業間もないベンチャー企業や中小企業、さらにアイデアだけで勝負する個人にも、ビジネス創出のチャンスがもたらされることを意味する。
企業は、あらゆる業務について、自社の従業員で賄うか、外部リソースを活用するか、はたまたAIを搭載した機械に委ねるかを選択する時代となるだろう。投資や収益配分に対する考え方も変わってくるだろう。そうなれば最終的に何をコアコンピタンスとして自社に残すのかがあらためて問われることになる。その時には、「雇用」や「就労」の概念や社会通念も大きく変容する。2020年にそうなっているとは限らないが、「会社」という枠組みや「組織」のあり方を多様性を持って考えなければならない時期は近づいている。

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