
テクノロジーが引き起こす変革 〜破壊するか、それとも破壊されるか デジタル時代の企業に求められること〜【後編】
2015.11.19ソーシャルがもたらす破壊的変化
ネットビジネスとIoTにしても、デジタルビジネス時代の、ほんの一例でしかない。別のキーワードの1つがソーシャルだ。英国にgiffgaffというモバイル通信会社がある。2009年に設立された自前の通信網を持たないMVNO(Mobile Virtual Network Operator)であり、最も成長の速い会社として知られる。何しろ英国のほかの携帯事業者を合計したよりも多くの新規加入者を獲得している。
それを可能にしたのがソーシャルの活用だ。自らは顧客サポートを行わず、代わりに顧客同士がサポートし合うサイトを用意する。営業担当者は雇用せず、アマチュアのリクルーターにボーナスを払って新規顧客を獲得する。宣伝はYouTubeを使い、リツィートで拡散を図る、といった具合である。それで実現した安さを武器に急成長中なのだが、実は安さは重要ではない。顧客を事業に巻き込む新しい事業スタイルこそが特徴だ(図2)。
図2:ソーシャルの積極活用でビジネスを拡大する英giffgaffのWebサイトの画面
「顧客を巻き込む=エンゲージする」という取り組みは様々な企業が実践している。スターバックス・コーヒーは新商品のメニューやレシピを顧客に提案してもらい、それに投票もしてもらう。多くの支持を集めた提案を実際に店で提供する。元々は米セールスフォース・ドットコム(Salesforce.com)が始めたものであり、その後は米デル(Dell)も製品の開発で類似の取り組みを実施し、成果につなげている。
教育も変革する。読者は「ソーシャルラーニング」という言葉をご存じだろうか。FacebookやYahoo知恵袋といったソーシャルメディアを駆使する学習方法である。教師は質問をするだけ。生徒はこれらのメディアやインターネットを使いながら答を自分で探す。他の人と交流すること、教え合うこと、議論することを、自然に学んでいく新たな手法として、関係者の注目を集めている。
繰り返しになるが、ここまで述べてきたことはデジタルが引き起こす破壊的変化の一例、しかもまだ始まりである。ICTの価格性能比は加速度がついて向上し、ネットにつながる人やモノも同様のペースで増えていく。ICT自体の進化も急ピッチだ。
スマートフォンの次に来る「ウェアラブルデバイス」、既存のコンピュータとは異なる動作原理に基づく超高速計算が可能な「量子コンピューティング」、人やモノを識別・認識したり医療診断や法律業務の一部を実行したりできる「スマートシステム(知的システム)」、既存の通貨に代わるビットコインなどの「仮想通貨」・・・。これらにロボット技術が融合すれば、既存のビジネスや人の働き方に、何らかの破壊的変化が起きない方がおかしい(図3)。
図3:ガートナーが公表している『先進テクノロジーのハイプ・サイクル(2014年8月)』(出典:Gartner)
デジタルカメラの普及で写真フィルム市場が消滅したように、市場が消えてしまう事態も考えられる。自動運転車が普及すれば自動車保険は不要になる、人工知能が普及すればいくつかの職業が消える、仮想通貨が普及すれば銀行業は大打撃を受ける、といったことだ。
デジタルビジネス時代の情報システム像
モバイルやIoT、クラウド、ビッグデータ。読者が経営/勤務する会社は、これらのICTを活用して事業を変革している、あるいは変革への準備をしているだろうか?単に何らかの新しいICTを取り入れるといった話ではない。経営や事業の要請、外部環境の変化に即応できるように、情報システム全体を進化させているかどうかが重要なポイントだ。
というのも既存の情報システムは日々の業務をサポートし、合理化/効率化することが役割である。会計や生産管理、販売管理や顧客管理など人が行う業務遂行を、データの記録や処理、伝達といった機能で支援する。その一部をクラウドに移行すれば、運用などのコストを下げられる。モバイルで顧客管理をできるようにすれば営業担当者は便利になる。生産管理で得たデータを分析すれば何らかの知見を得られるだろう。
さらにWebサイトを構築して外部に情報を提供しているかも知れないし、IoTのような技術も必要に応じて利用すればいい。だから新しいICTを活用する準備はできていると考えているかも知れない。
しかしクラウドへの移行やモバイルの活用などは改善のレベルに留まる。ここでお伝えしたいのは、そういうことではなく、変革である。自社の都合ではなく、経営環境の変化やICTの進化を先取りして、タイムリに新サービスを創造したり、事業を変革したりするための準備が必要ということだ。
多くの場合、情報システムは長い期間をかけて必要に応じて構築・拡張されてきた。構築年代に応じて、設計方法や利用技術は異なっており、例えて言えば増改築や建て増しを重ねた古い温泉旅館のようなものだ。最新の空調設備を取り入れようにも、どこにどれだけ追加すればいいか分からない。最新のセキュリティ設備を取り付けようにも、どこかに裏口がある可能性を捨てきれない。そんな状況に近いのだ。
新しいICTを取り入れるにしても、“必要に応じて” “部分最適で”やっていては早晩、行き詰まる可能性が高い。だから今こそ、新しいICTを駆使できる次世代のアーキテクチャー=グランドデザイン(全体設計)が必要だ。「最新のICTを生かした事業変革、新サービスの創造」が目的である。
執筆者:
中村 記章(富士通株式会社 デジタルビジネスプラットフォーム事業本部 副本部長)
大石 卓哉(富士通株式会社 デジタルビジネスプラットフォーム事業本部 シニアマネージャー)
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