【野中郁次郎氏 特別対談】今こそICTでビジネスに「機動力」を! 「消耗戦」と「機動戦」の両面を意識せよ

2015.12.22
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予兆や変化を素早く察知し、情報や知識を駆使して先手を打つ…。こうした”機動力”が今、企業には求められている。だが、その機動力は、どうすれば得られるのか? 知識創造経営理論の創始者にして世界的権威であり、『知識機動力経営』の提唱者でもある野中郁次郎一橋大学名誉教授と、富士通の香川進吾 執行役員常務、中村記章 デジタルビジネスプラットフォーム事業本部 副本部長が語り合った。重要な論点は3つ。意思決定プロセス、人材・組織力、そしてバックボーンとなる情報システムである。(進行役は田口 潤=IT Leaders編集主幹)

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田口 円安・株高などにより景気に明るさが見えてきました。消費者ニーズも競争環境も目まぐるしく変化し、ICTの進化も急ピッチです。企業は、このような変化に自信を持って対応できているのか、あるいは競争力は回復しているのか。野中先生は、どのようにご覧になっていますか。

野中 日本企業の競争力の低下は、様々に説明されてきました。国内経済の停滞や消費の低迷、グローバル化への対応不足、商品・サービスの国際競争力の不十分さ、などです。円安基調になれば、こうした問題が解決され、景気は良くなるという単純な考えもありますが、それは違います。これらは確かに大きな問題ですが、いずれも企業の外部要因であって、問題の半分でしかありません。
もう半分は内部要因です。MBA教育に代表される欧米型の分析的アプローチが経営手法の主流になったことで企業が機動力を失ってしまったのです。別の表現をすれば、分析過多、計画過多、コンプライアンス過多という3つの“過多”が、企業から活力を奪ってしまった。日々移り変わる経営環境に柔軟に対応するためには機動力が不可欠です。ところが多くの企業では逆に、組織構造と経営のプロセスの硬直化が進んでいます。

分析過多で機動力を失った日本企業

田口 ただ、3つの過多は、日本企業だけの話ではないと思えます。

野中 その通りです。例えば、米国のシリコンバレーでは大企業が多くのベンチャー企業を買収していますが、大半は当初の目論みから外れています。理由の1つにKP(I 重要業績評価指標)の違いがあります。大企業は分析に大きな比重を置いており、それができないとマネジメントできない面さえあります。「Ready,Aim,Fire(構え、狙え、撃て)」という軍事用語と同じく、これが大企業にとっての合理的なアプローチです。
ところがベンチャー企業のアプローチは違う。あえて言えば「Ready, Fire and Aim」、つまり“撃ってから狙う”、あるいは“狙う前に撃て”というアクションオリエンテッドなのです。現実を直視して、ともかく新しい行動を起こすわけです。「Ready,Aim, Fire」ならまだいいほうで、大企業は時に「Ready,Aim,Aim,Aim・・・」なんですよ。一体、いつになったら「Fire」するのかという話です(笑)。

香川 耳が痛いですね(笑)。野中先生が指摘されたように、富士通でも新しい尖ったアイデアが上長に上げられていくにつれ、自身が理解でき、確実に当てられるところまで分析したり、平準化したりする傾向が散見されました。しかし今の時代、物事の本質を捉え、何が成長のコアとなるのか、マネジャーはそれを見極める目を持つことが不可欠です。その上で新しいアイデアを実行する決断を下し、実践していかねばなりません。そこで得られたものこそが財産や知見になるのです。

中村 富士通について言えば、社内の状況が変わりつつあります。予知不可能な、未曽有の外部環境の変化を現場のリーダー達が肌で感じているからです。過去の経験則に照らし合わせつつも、これから何をしていくべきなのかを現場の視点でとらえて上長に提言する動きが現れ始めています。

経営に機動力をもたらすOODAループの実践

田口 なるほど。それでは本題の1つに入ります。かつて中村さんに取材させていただいた際に「OODAループ」の概念をお話しされていたのが印象的でした。しかしOODAループを企業経営にどう取り込むのか、情報システムとOODAループの関係はどうかなど、今ひとつ分かりにくい面が残りました。

中村 ええ。そんな時に知ったのが、野中先生が提唱されている『知識機動力経営』です。(1)現場のリーダーが付加価値の源泉となる知識を高速かつテンポよく創造する、(2)企業戦略レベルから日常の仕事のレベルまで、社員一人ひとりが柔軟な構想力と判断力、行動力を発揮できる実践知を持つ、(3)この実践知を組織内で共有し実践する、の3つを満足する経営だと理解しました。その中で野中先生は、OODAループに言及されていたのです。

田口 まずOODAループに関して、野中さんから解説していただけますか?

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野中 喜んで( 笑)。ご存じの通り、OODAループは、自分を取り巻く状況が激しく変化し、予想外のことも起きる状況でも臨機応変に対応し、目的を果たすための意思決定モデルです。アメリカ空軍のジョン・ボイド大佐が、朝鮮戦争の航空戦についての洞察をもとに、現場の兵士の意思決定と行動のプロセスを簡潔にモデル化しました。
具体的には、「観察(Observation)、情勢判断(Orientation)、意思決定(Decision)、行動(Action)」のサイクルを繰り返すことによって、敵よりも早く迅速に適切な行動を取れるようにする。OODAループはアメリカ海兵隊が活用しています。環境変化が激しく、先が読めない今日、一般企業でも注目し、導入するところもあるようです。

香川 計画や分析からスタートする、いわゆるPDCA(Plan、Do、Check、Action)と対比されますね。OODAは、観察から入るところが違うように思います。

野中 そうです。具体例を挙げると、ボイド大佐が参戦した朝鮮戦争においては、米空軍の主力戦闘機はF86 、北朝鮮側はミグ15でした。機体性能は後者が上でしたが、撃墜率は前者が上回りました。その要因がF86の視界の良さやレーダー網による戦闘支援です。ここからボイド大佐は、「戦局を左右するのは情報量と意思決定のスピードである」という結論に至るのです。
できるだけ多くのことを観察しなければなりません。ただし物事を“ただ見ている”だけでは不十分で、観察対象の何がどう変化しているのか、相互の関係はどうかなどの暗黙知を溜めていく。物事の全体像と、それらを取り巻く事象の関係性を直観すると同時に、敵側の視点にも立つことがポイントです。当たり前のことのように思えますが、それをモデル化したのがOODAループの優れた点です。

田口 OODAループの4つのサイクルで、最も重要なのは何でしょう?

OODAのカギは情勢判断、そこにICTを活用する

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図1:OODAループの概要(出典:IT Leaders)
野中 Orientation=情勢判断です。同じ状況を観ていても、個人の素養や培ってきた経験、組織の文化などによって、その解釈に差が生じます。そこに関わるのが、「伝統・文化」「分析・総合」「先行経験」「新しい情報」「遺伝的資質」といった要素からくる判断能力です。それに長けた人材や組織、そして何らかの仕組みが、情勢判断のカギとなります。
観察で収集した情報に基づいて適切に情勢を判断できれば、自ずと意思決定や行動につながっていく。ボイド大佐も情勢判断(Orientation)を特に重要ととらえていて、これを「ビッグO」と呼んでいます。

中村 そういった観察や情勢判断に重きを置く点が、ICT活用のあるべき姿を指し示していると直感した理由かも知れません。これからのICTシステムは直接的に経営をドライブすることが求められており、観察や情勢判断はもちろん、一部の意思決定も担うようにならなければなりません。

香川 顧客とのやりとりや、モノに取り付けたセンサーや各種デバイスが発するデータ、あるいはビデオの画像といった情報をいかに観察するのか、そこに様々な知見を加味してどう情勢判断するのかといったことですね。OODAループを前提に考えると確かに、今後のICTの役割が整理されます。一方で野中先生が先ほどおっしゃられた伝統・文化や遺伝的資質は、言い換えれば“人間力”です。ICTを生かすためにも、人間力をいかに高めていくかがカギになると思います。

野中 人間力の育成は、とても重要です。ノーベル経済学賞を受賞した米国シカゴ大学のジェームズ・ヘックマン教授らの最近の研究で、成功する人間の育成にはIQのような認知スキルではなく、「やり抜く力」「自制心」「意欲」「社会的知性」「感謝」といった、非認知スキルの習得が重要であると報告しています。
これらのスキルは、家庭でのしつけが基本ですが、大人になっても手本となる師の個別指導や人格に感化されながら学び取ることができます。職場では、上司や同僚など良き助言を与えてくれるメンターと、現場で一緒に汗を流しながら仕事をすることで育めるのです。
こうした努力を通じて観察、情勢判断ができる人間力を育成すれば、続く意思決定、行動のプロセスは速くなるはずです。OODAループで重要視されているのは“テンポ”です。いかに速くループを回転させ、敵より速く行動して、戦場の主導権を握るのか。機動力を高めていくには、それが欠かせません。

中村 テンポを速めるためにも、ICTを上手く活用する必要があります。私は長らく現場でプロジェクトマネジメントを担ってきましたが、難しいプロジェクトになればなるほど、何が起きているのかを常に把握し、これから何が起きるのかを予見して情勢判断し、行動する必要がありました。役に立ったのがICTツールです。

リーダーへの分権化を進めフラクタルな組織体へ

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田口 野中先生は、企業が機動力を高めるためには、組織も変える必要があると指摘されています。

野中 どんな人間も組織の中で育ちますからね。

田口 具体的には、どのような組織形態が必要なのでしょうか。

野中 プロジェクト型の組織体です。つまりプロジェクトを企業全体の縮図として考えるわけです。その実現のためには、現場のリーダーに人事権を与えることが重要です。人事権が現場に近いほど、最適な人材配置が行える。結果としてプロジェクトを迅速に遂行できる可能性を高めることができます。少なくとも従来の官僚的な階層組織、縦割りの組織のままでは機動力は高められません。

中村 しかしバックボーンなしにプロジェクト型の組織にすると、遠心力が働いてしまいますよね?個々の組織の機動力は高いけれども、全体として調和が図れない・・・。
野中 そこで重要になるのが、ビジョンや理念です。米軍の海兵隊は縦割り組織に思われるかも知れませんが、それは間違いです。海兵隊ではWhatやWhyを説明した上で、Howの一切を現場に委ねています。理念としてのWhatやWhyを徹底して共有すれば、不確実な状況であっても最前線の人間は正しい判断で動ける。最終的には、全体の意思が末端に至るまで一貫したフラクタルな組織が実現できるわけです。

香川 まさしく「事件は現場で起きている」ですね。時々刻々と変化する状況に直面しているのは現場であり、その中で次のHowを決め実践することが常に求められます。一方で本社は現場と情報を共有し、全体として進むべき方向を示唆しなければなりません。そこでICTが重要になると考えます。

野中 その通りです。1万人の従業員を有する企業が、全社員に臨機応変に動いてもらうのは一筋縄ではいきませんから。情報の収集、共有、観察や情勢判断にICTを活用することは、その巧拙を含めて、機動力、ひいては競争力のポイントの1つになるでしょう。

田口 ところで、野中先生の著書には「現在のビジネスを戦時下として捉えたとき、『消耗戦』と『機動戦』という概念がある」とあります。どういうことでしょうか。

「消耗戦と機動戦」「SoRとSoE」の間にあるアナロジー

野中 消耗戦とは、つまり正面戦です。昔ながらの戦い方と言ってもいい。必要になるのは兵力と兵站(へいたん)力です。敵と比べて、軍事力が圧倒的に劣っていれば戦いを避けるし、勝っていればそれを生かします。従来の企業経営は、この消耗戦が主だと考えていいでしょう。
一方の機動戦は、OODAループで説明したように、観察をもとに兵力を移動したり集中させたりを迅速に行うことで敵の弱みを突き、戦意をくじく。戦力は多少劣っていたとしても機動力で上回れば不利を払拭できます。
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さらに近代では、状況の変化に応じて消耗戦と機動戦を使い分けることも多くなってきています。社会や経済、技術が高度に発達した現代の企業において、知識機動力が求められる理由でもあります。

中村 今のお話は企業情報システム分野で最近提唱されるようになった「Systems of Record(SoR)とSystems of Engagement(SoE)」という考え方に似ていますね。
SoRは「記録のシステム」です。具体的には販売管理や生産管理、会計などの基幹業務システムのことで、日々の業務を正確に効率良く実行するのが役割です。

野中 もう一つのSoEというのは、どんなシステムですか?

中村 Eはエンゲージメントの略で、社内外の人やモノ、コトに関与していくシステムです。Webやモバイルのサービス、それから機械や設備、それらの集大成としての交通やエネルギーなどのインフラの状態や動きをモニタリングし、最適化するようなシステムです。ただ、その構築が本格化したのは最近なので、具体例はまだ多くありません。
機械をただ制御するのとは異なり、スマートデバイスを持った人やICT化されたモノと、必要に応じて双方向でやりとりすることで、相手の状況に合わせて、やるべきことをきめ細かく変えていきます。ここがエンゲージメント、つまり”関与”なのです。関与では、例えば顧客との関係は一方通行では済みません。機動力や機動戦、あるいはOODAループといったお話は、SoEと同じだと確信しました。

野中 なるほど。少し抽象的な話をしますと、消耗戦は統合的、中央集権的、競争的、指示的、標準化といった特性があります。対照的に機動戦の特性は、分散的、分離的、協働的、適応性、独自性です。確かにSoRとSoEの関係と似ていますね。

香川 消耗戦と機動戦、OODAループといった考え方を使って、ある種の補助線を引くと、SoRとSoEの位置づけが鮮明になりますね。富士通も半歩先をいけるような機動力と最先端のICT活用をもって、お客様からの期待に応えていかなければなりません。

田口 先ほど、近代は機動戦と消耗戦の使い分けも必要とのお話しがありました。

野中 キーポイントは、プロジェクトを走らせながら、前線部隊が常に現場で起きている状況を分析し行動しつつ、敵の弱点を見つけたら、ここぞとばかりに組織全体のリソースを集中して組織的に前線をバックアップできるような体制を築き上げることです。つまり、機動戦と消耗戦は連続したダイナミックな関係であり、両者のタイムリーなバランスを考慮して全体を最適化する、両方に対応できるダイナミックでフラクタルな組織が必要になります。

中村 SoRとSoEも別々のシステム群に見えますが、裏側では相互に連携して総合力を発揮できるようにします。そのためにもOODAループの概念をICTに反映させ、SoEの領域でしっかりと観察し情勢を判断しながらも、SoRとの両輪でビジネスを回していくことが不可欠です。そうした循環を顧客である企業が実現できる取り組みを、富士通は進めています。

香川 適切な意思決定・判断のための道具として今後、ICTはますます有効になります。企業がICTをより上手く活用できる基盤やソリューションを提供していく、それによって知識機動力経営を可能にすることが、私たちのミッションであると改めて認識しました。富士通も絶えず新しい技術を社内で実践し続けるとともに、形式知化されたICT活用を社会に広げていきたいと考えます。

野中 これからの企業には暗黙知と形式知の相互作用のスパイラルアップにより、知識を持続的に創造していくことが求められます。グループや取引先など他社を巻き込んだエコシステムを構築していくことも必要となるでしょう。そこでは、企業とだけではなく、地域経済や社会活動との関係を築き、それを広げて行くことも大事です。様々なコミュニティにおける「共創」を通じて、日本全体の知を豊かにしていく。そうした役割を富士通に期待しています。

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