ベンチャー投資ランキングの上位を占める「コーポレートVC」が担う真の役割とは

2016.11.08
リスト
このエントリーをはてなブックマークに追加

「部屋の温度を下げて」と話しかければ、エアコンの設定を変更してくれるサーモスタット。そんな“スマート”なサーモスタット「Ecobee(エコビー)」を開発するカナダのecobeeによる3500万ドル(約36億円)の資金調達ラウンドに、Alexa Fundという米国のベンチャーキャピタル(VC)が参加しました。同じくスマートサーモスタットを開発する米Nestは米Googleが約32億ドルで買収しており、金額的には桁が違いますが、技術的にはecobeeのほうが市場からは高く評価されているようです。そんなecobeeに投資するAlexa fundとは・・・。

大手企業が運営するVCの投資活動が活発に

Alexa fundは、みなさんご存じネット通販最大手の米Amazon.comが運営するVCです。2015年に設立されました。その目的は、その社名が示すように、Amazonの音声認識技術「Alexa」を様々な場面、様々な用途で活用できるよう、開発者やメーカーに最大1億ドルを提供することです。Alexaは、米Appleの「Siri」やGoogleの「OK Google」に相当する技術で、現在は自身の音声端末「Amazon Echo」に組み込まれています(関連記事『デジタル化の歩みを止めない米Amazonの凄み、フロントからバックエンドまで』)。

VC専業ではない企業が運営するVCは「コーポレートVC」と呼ばれます。実はここ最近、多くのベンチャー企業に多額の投資をしているのは、このコーポレートVCなのです。米VC協会(National Venture Capital Association:NVCA)によれば、コーポレートVCによる投資が急増しており、VC投資の約20%を占めるまでになっています。

例えば、成長著しいIoT(モノのインターネット)分野で、最も活発な動きを見せているのは、半導体メーカーの米Intelと米Qualcommのそれぞれが運営するコーポレートVCです(米CBinsight調べ)。2010年から2015年の間に、Intelは約40社に、Qualcommは約20社のIoT関連企業に投資しています(図1)。その投資先は、一般にはあまり馴染みがないセンサー技術の企業から、業界で群を抜く大企業まで、幅広くカバーしているのが特徴です。

cvc_1
図1:2010年から2015年にIoT分野に多額の投資を実行しているVC(CBinsight調べ)

自社の事業領域における競争力のための技術獲得を狙う

同じIoTでも、産業系に絞ると、Intel/Qualcommの他に、米GE(ゼネラル・エレクトリック)や米Cisco Systemsが上位に顔を出します。投資先には、製造業においてビッグデータの分析に基づく改善を支援する米Sight Machineや、無線のWi-Fi通信を使って自動車のネットワーク化を可能にする米VENIAMなどがあります(図2)。

cvc_2
図2:産業系IoT分野に多額の投資をしているVC(CBinsight調べ)

他分野の動きはどうでしょうか。デジタルヘルスの分野では、コーポレートVCの投資割合が4割にも上ります。この分野になると、GoogleといったIT企業に加え、医師を対象にしたサービスの提供会社や、健康増進のためのサービスを手がける事業会社などのコーポレートVCが積極的に投資しています(図3)。

cvc_3
図3:ヘルスケア分野に多額の投資をしているVC(CBinsight調べ)

さらに、金融ビジネスのためのテクノロジーであるFinTechの分野になると、ベンチャー投資全体の4分の3をコーポレートベンチャーが占めています。ヘルスケア分野同様に、米シティグループなどの金融事業会社がGoogleなどと同じ土俵に立っています(図4)。

cvc_4
図4:FinTech分野に多額の投資をしているVC(CBinsight調べ)

製品/サービスのエコシステム確立を重視

米国のベンチャー投資に積極的に関わっているコーポレートVCですが、実は日本でも、ベンチャー企業への投資の中心は、大手企業が持つコーポレートVCだと言われています。例えば、FinTech分野では、大手金融機関や地方銀行、クレジットカード会社などが運営するコーポレートVCが投資に動いています。産業向けIoTの投資先として紹介したSight Machineには、ヤマハ発動機も自社のコーポレートVCを通じて投資しています。

ただ、海外のコーポレートVCは単にベンチャー企業に投資しているだけではありません。彼らは別の役割も担っています。それは、投資した技術を使った製品やサービスのエコシステムを構築・強化することです。

amazonのコーポレートVCであるAlexa Fundの動きを例にとれば、Echoのほか、その簡易版の「dot」やオンラインでTVや動画を視聴するための「Fire TV」といったデバイスには、Alexa Fundが投資したベンチャー企業の技術が投入されています。また、Alexaの中核技術は、APIによってサードパーティに開放されていますが、そのサードパーティを囲い込むために、新たなコーポレートVCも設立しています。自社技術に組み合わせるための投資と、それを利用して新たな製品/サービスを作り出すための投資により、エコシステムをさらに拡大しようというわけです。

そのAlexa fundが今、一番力を入れているのが、冒頭で紹介したecobeeへの投資に見られるように、スマートホームの分野です(動画)。CBinsightの最新の調査では、米アメリカンファミリー生命保険(アフラック)のコーポレートVCなどを抑えて、Alexa fundが投資額でトップになっています。

動画:開発者に向けた「Alex」の紹介ビデオ

ビジネスを成長させるための青写真が重要に

こうした米国のコーポレートVCの動きからは、デジタル化によるディスラプション(破壊)を引き起こしているのは単にベンチャー企業の動きというよりも、むしろ、ディスラプションの“芽”に早期に気づいた大手企業が、その芽をテコに新たな市場機会を創造しているようにも見えます。今回紹介したヘルスケアやFinTechといった領域での投資は、まさに、そうした動きが進行しています。

日本ではコーポレートVCが主体とされながらも、ベンチャー企業の活躍が、まだまだ足りないと言われています。そこには、単にVCの投資活動がビジネスのエコシステムを確立する方向にまで向いていないからかもしれません。既存事業を補強したり新規事業を立ち上げたりする際に必要なテクノロジーは何か、そのテクノロジーを核にどんなエコシステムを描くのか—。そうしたビジネス拡大のための青写真こそが重要だということでしょう。

執筆者:丁 晟彦(Digital Innovation Lab)、漆畑 慶将(OKメディア)

EVENTイベント