AR(拡張現実)はゲームだけじゃない、製造業や医療の現場に広がるエンタープライズAR

2017.02.21
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オンラインゲームの「PokémonGO」が2016年、世界的なブームになりました。その理由の1つが、AR(拡張現実、実世界にデジタル情報を重ね合わせて表示する技術)の搭載でした。このARが企業向けシステムの領域でも利用され始めています。なかでも製造や医療の分野での活用が期待されており、スタートアップ企業などが大手企業とコラボレーションしながら、新しい活用事例を生み出しています。

Upskill:米ボーイングの配線作業を25%削減

2010年に創業した米UpSkill(旧APL Lab)は、スマートグラス用にARと音声認識を用いたアプリケーションを開発するためのソフトウェア「Skylight」を開発しています。このSkylightを使ってARを業務に活用している企業の1社が航空機メーカー大手の米ボーイングです。航空機の内部に張り巡らされている配線業務に、メガネ型のウェアラブルデバイス(スマートグラス)とARを組み合わせたシステムを導入することで、人的なエラーをほぼゼロにすると同時に作業時間を25%短縮しました。

航空機の内部には、その“神経”とも言える無数の配線が存在します。最近は操縦もコンピューターで制御する「フライ・バイ・ワイヤー」と呼ばれる方式が主流になっており、配線の重要性は高まる一方です。例えば、最新のボーイング787に使われている配線は総延長で110kmを超えるとされています。しかも、配線の方式は機種ごとに異なります。90種類の配線を1つのパーツに接続したりする必要もあります。同社の電気技術者であるリッキー・ラミレス氏は「飛行機の組み立てにおいて配線は特に重要だ。組み立てた後で配線に不具合が見つかったとしても、内装を取り外して組み替えるということは簡単にはできない」と話します。

導入したARのシステムでは、スマートグラスをかけた作業者は、QRコードを読み込むことで適切な部品を間違いなくピックアップしたり、配線を正しく回路に接続するための情報を目元で確認したりが可能です。確認したいことがあれば、部品の名前を読み上げるだけで必要な情報を検索できるほか、完成時の仕上がり具合をビデオで再確認することもできます(動画1)。

動画1:米ボーイングでの配線作業におけるAR(拡張現実)の利用例

配線作業は長年、紙の設計書を使って行われていました。PCの登場以後、設計書は電子化されましたが、実際の配線とPC上のデータを比較しながらの作業では、実質的には紙ベースでの作業と大きく変わらず、複数枚の設計書と実際の回路を交互に確認しながら進めるという“煩わしさ”は解消できなかったといいます。そこにARを採用し、設計書を作業中の手元で確認できるようにしたことで、作業に集中できるようになったというわけです。

Augmedix:医療におけるサービス品質の向上を実現

2012年創業の米Augmedixは、ARを組み合わせた電子カルテシステムを開発する急成長中のスタートアップ企業です。診察時のドクターが電子カルテを見るためにPCにかじりつく必要をなくすことで、1日に3時間節約でき、より多くの患者を診察できるほか、患者と向き合うことでサービス品質の向上につなげられるとしています。既に多数の医師や医療関係者を顧客に持つほか、Diginity Health、Sutter Health、Catholic Healthといった米国の大手医療機関ともパートナーシップを結んでいます。

電子カルテを使って患者を診察することは今や当たり前になってきていますが、医師などの視点に立てば、「PCの画面で情報を確認しながらの診察では患者に向き合って話すのが難しい」「電子カルテ情報を更新するために週に何十時間も費やさねばならない」など、電子化が新たな課題を生みだしてもいます。Augmedixのシステムでは、医師はスマートグラスを使って電子カルテの情報を照会し、患者の名前や病歴などを参照したり、その日の処置内容を確認したりできるようになります。会話内容を音声データとして記録することで、電子カルテに診察内容を入力する時間を短縮しています(動画2)。

動画2:米AugmedixのARシステムを導入しているDignity Healthでの利用の様子

Scope AR:ARのアプリケーションを利用者自身が開発

ボーイングや医療機関の例にあるようにARは既に企業の業務プロセスに組み込まれ始めていますが、そこで課題になっているのが、ARを使ったアプリケーションの開発です。スマートグラス越しに実際の画像とコンピューターが描き出す画像をどう重ねるのか、その際にはどんな情報を、どんな大きさや色味で表示するかも試行錯誤の段階にあります。そのため同分野のスキルを持つ人材が,まだ限られているのです。そんな課題の解消に取り組むスタートアップ企業の1社が米ScopeARです。

ScopeARが開発する「Work Link」は、ARアプリケーションのための開発環境です(動画3)。表示するコンテンツ(内容)を編集したり、作業プロセスが変更になった際のアプリケーションの修正を容易にしたりできるのが特徴です。こうした編集操作を容易にすることで、実際の作業をする当人が作業性も考慮したコンテンツを開発できるようにするのが狙いです。これまでのプロジェクトでは、およそ6カ月でアプリケーション開発スキルが身に付けられたとしています。作業者自身が開発することで、作業プロセスを工夫したり見直したりするきっかけになることも期待できそうです。

動画3:「Work Link」によるARアプリケーションの開発手順の例

2025年までに労働人口の10%はARを使用

先行事例がある米国では、2025年までに労働人口の10%に当たる1400万人が日常の業務プロセスの中でARを活用して仕事を進めると予想されています(米調査会社のForrester Research調べ)。AR関連ビジネスの市場規模も、2020年には1億2000万ドル規模にまで成長すると見られています(図1、AR/VR分野の調査会社米Digi-Capital調べ)。AR分野のスタートアップ企業やデザイナーなどはプロモーション団体「Augmented Reality for Enterprise Alliance」を組織し、AR関連イベントを開催したり、活用事例を紹介したりもしています。

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図1:AR/VR関連の市場規模予測。ARが大半を占める(出所:米Digi-Capitalのブログ。http://www.digi-capital.com/news/2015/04/augmentedvirtual-reality-to-hit-150-billion-disrupting-mobile-by-2020/#.WJxDWhwS-Rd)

ARにより手元や目元で利用できるアプリケーションは、ゲームの楽しさを増すだけでなく、私たちの業務スタイルを、より自然な形に変えてくれる道具になりそうです。熟練者のスキルやノウハウを継承していくことにもつながるでしょう。改めて、作業現場での気づきや課題解決のための1つの手法として検討する価値がありそうです。

執筆者:今村 俊亮(Digital Innovation Lab)

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