業種別展開図る中国アリババのAIプラットフォーム「ET Brain」、スマートシティから製造、医療、オリンピックまで

2018.07.31
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世界のクラウド事業者といえば、Amazon.com、Microsoft、IBMといった米国企業ですが、彼らを急速に追い上げているのが中国のAlibaba(アリババ)です。同社の「Alibaba Cloud:阿里雲)」の売上高は2018年3月期に前年度の2倍を記録し、成長度ではAmazonを超え、市場シェアはGoogleに迫ります。そのAlibabaが提供するAI(人工知能)プラットフォームが「ET Brain」です。業種別のサービス展開を図っており、すでにいくつかの事例を公表しています。

2016年4月に「Small AI」として登場

Alibaba CloudにおけるAI分野の取り組みとして最初に公表されたのは、2016年4月に登場した「Small AI」です。歌唱大会で誰が優勝するかを予測するためにプロトタイプとして開発されたロボットです。その数カ月後、より汎用的なAIプラットフォームとしてのET Brainが発表されました。

ET Brainはニューラルネットワークに基づく機械学習エンジンであり、ディープラーニングにも対応しています(図1)。Alibaba Cloudの基盤を使ったビッグデータのリアルタイム分析により、さまざまな予測や意思決定支援、画像や動画などの自動検索などが可能だとしています。昨今話題の音声認識をはじめとした自然言語処理にも対応しています。


図1:ET Brainの主な機能(中国アリババのET BrainのWebサイトより)

これだけだと多くのAIプラットフォームとの差が分かりませんが、ET Brainは業種別展開が図られているという特徴があります。まず2016年10月にスマートシティ分野の「ET City Brain」を発表。2017年に入ると3月に製造業向けの「ET Industrial Brain」、6月に環境を対象にした「ET Environment Brain」、そして12月には航空業界に向けた「ET Aviation Brain」などを投入しています。以下ではいくつかの分野について、その事例とともに紹介します。

スマートシティ向け「ET City Brain」:交通渋滞などを解消

ET City Brainは、都市の課題解決に向けたAIプラットフォームです。現時点では、交通渋滞の解消や、事故への早期対応などに主眼があり、バスやタクシーなど都市交通の効率化を目指します。実はスマートシティは、中国政府が推進する「次世代AI発展計画」における重点分野の1つで、アリババは同分野のけん引役を担う企業に指定されています。

ET City Brainを適用したスマートシティの第一弾は、アリババグループが本社を置く杭州市(中国浙江省)での取り組みです。杭州市政府と連携した本プロジェクトは2016年10月に開始され、2017年10月にアリババが正式に発表しました。

杭州市では交通渋滞はもはや日常茶飯事です。毎日約200万台の車と9000台のバスのほか、最近は多数のEV(電動自転車)などが走っています。渋滞の原因の大半は交通事故によるものとされるだけに、事故の迅速な察知と対応が渋滞解消の鍵を握ります。

そこで杭州市では、監視カメラでとらえた車輌の運行状況や、タクシーのドライバーが使っているアプリからの運転記録、乗客のICカードの利用記録など、政府機関が保有する大量のデータをET City Brainに集約し、分析することで、事件の発生を早期に把握し、警察を最短時間で事故現場に駆けつけられるようにしたのです(動画1)。

動画1:杭州市でのET City Brainの適用例を紹介するビデオ(3分57秒)

信号の管理システムもリアルタイムに制御しています。8万カ所もある交差点の状況をリアルタイムで把握し、交通量に応じて信号を自動でコントロールすることで大幅な渋滞緩和を実現しました。

こうした仕組みにより、救急車や消防隊などが現場に到達する時間も約50%に短縮され、道路の通行速度は15%高速になったとしています。

製造業向け「ET Industrial Brain」: 産業を最適化する

ET Industrial Brainは、製造業における課題の解決に焦点を当てたAIプラットフォームです。研究開発から、生産ライン構築、サプライチェーン、販売体制までの効率化・最適化を図ります。

中国最大のタイヤメーカーである中策ゴムが、製品の最終品質を左右する「混練工程」にET Industrial Brainを適用し、成果を上げています。

混練工程は、原材料や生産環境の影響を受けやすく、生産効率や消費エネルギー、不良品率のばらつきにつながり、原価をコントロールしにくいという問題がありました。そこで、脱脂時刻や合成樹脂の観測結果などをAIで分析することで、サイクルタイムの短縮や省エネ化を図りました。品質検査の合格品率も5%向上しました。

医療向け「ET Medical Brain」:医療をより高度化する

「ET Medical Brain」は、データに基づく医療やヘルスケアを実現するためのAIプラットフォームです。医療現場だけでなく、病院経営にも利用できるとしています。

杭州市の子供病院では、ET Medical Brainを使って患者の待ち時間の解消を図っています。どのような治療が今、求められているのか、それに応じるために医師や看護師をどう配置すべきかなどを分析するのです。

ここでのET Medical Brainは、先に紹介したスマートシティのためのET City Brainと連携することで、病院に到着している患者だけでなく、交通事故の被害者など病院に向かっている患者の動向も加味しながら、最適化を図っています。

スポーツ向け「ET Sports Brain」:オリンピック開催に照準

Alibaba Cloudの日本語サイトで唯一紹介されているのがスポーツ分野に焦点を当てた「ET Sports Brain」です。2020年の東京オリンピック/パラリンピックを睨んでのことでしょう。中国では、2022年に北京で開かれる冬期オリンピックを支援することを決めており、既存の張北県(Zhangbei)にあるデータセンターの名称を「北京2022データセンター」に改称したほどです(動画2)。

動画2:ET Sports Brainの紹介ビデオ。冬期オリンピックを想定している(1分31秒)

ET Sports Brainは、選手、観客、スタジアムのそれぞれの視点から、スポーツイベントに新しいユーザー体験を提供するとしています。選手に対しては、最新のウェアラブル技術や画像認識などにより成績向上や健康管理のツールを提供。観客には、3D(3次元)モデリングによるAR(拡張現実)/VR(仮想現実)を使った観戦を可能にします。

ET Sports BrainもET City Brainとの連携が前提で、開催地の都市インフラに対し、歩行者の行動パターンや天候データなどを集約し、交通渋滞の緩和やスタジアムでの待ち時間の短縮や安全性の向上を図るとしています。

先行ユーザーと実証した業種・業界ノウハウ込みで提供

ET Brainの最新版は、2018年6月7日に発表された農業のための「ET Agricultural Brain」です。すでに養豚業者や果物・野菜の栽培農家などが採用しているとしています。

汎用的なAIの開発・実用化には、まだまだ時間がかかるとされるなかET Brainでは、業種特有のビッグデータを対象にした、各業種特有の課題解決のための専用AIを開発することで実績を重ねていると言えます。そして業種・業界ノウハウを吸収できたところから名称を付けて、展開しているということでしょう。

今後、どんな業種・業界別のAIプラットフォームが登場するのか興味深いところです。

執筆者:水野 雪(フリーライター)

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