漁業に広がるデータ活用、“経験と勘”だけに頼らず漁獲量を増やす

2017.04.25
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漁業は長らく、漁師の“経験と勘”に頼ってきました。天候や地形、潮の流れなどを総合的に判断し、いつ、どこで漁をするのが良いのかを判断するのです。若手の育成も漁にでることで養っています。少子高齢化や乱獲による水産資源の枯渇といった問題もあります。そんな漁業の現場に今、IoT(モノのインターネット)の概念を採り入れ、各種センサーによるデータを使って漁獲量を増やそうという取り組みが始まっています。いくつかの取り組みを紹介しましょう。

宮城県東松島:“スマートブイ”で定置網を生け簀に変える

網を使った漁のうち、網を固定して魚群をその内側に滞留させる方法を一般的に定置網漁と言います。この定置網の周りに各種のセンサーやカメラを備えた“スマートブイ”を設置し、より有効な定置網漁のあり方を探る実証実験が宮城県の東松島市で2016年末から始まっています。実証実験で得られたデータを分析しながら、「データに裏付けされた効率的な漁業」の実現を目指しています。

定置網漁は、東松島市の主力産業の1つです。しかし、「成果は漁に出て網を上げるまで分からない」「収入は天候や漁師の経験に依存する」「漁のたび船の燃料費や人件費が発生し収支は不安定。しかも洋上での危険な作業を伴う」という漁法でもあります。結果、定置網漁を担う人材獲得を困難にしています。こうした課題をデータで解決しようというのが、今回の取り組みです。

実験の主体になったのは、東松島みらいとし機構(略称HOPE)。東日本大震災後にエネルギーの自給や地域資源の活用による街作りに向け、行政と地域、民間企業を結び付ける役割を担っています。漁業分野では、東松島市と大学、企業による「スマート漁業モデル推進コンソーシアム」を結成。「海洋ビッグデータを活用したスマート漁業モデル事業」が、総務省の「IoTサービス創出支援事業」に採択されています。

スマートブイの設置は、このモデル事業の一環です。HOPEとKDDI総合研究所大野電子開発がブイを開発し、KDDI総研が運用しました。スマートブイは2種類あります。1つは、気象や潮流などを測定するセンサーを装備したもの。もう1つは、水中の魚影などを撮影するカメラ付きのものです。いずれも海面に出る浮き球部分に、通信モジュールやメモリー、バッテリーなどが組み込まれています。バッテリーの寿命やセンサーの劣化、異常検知や長期運用に向けた課題などを検証しています。

実証では、スマートブイで取得したデータに、宮城県の水産関連情報を提供する「みやぎ水産NAVI」にある石巻湾近辺のオープンデータや専用アプリから入力している漁獲量の予実値を加えて分析しています。目標の1つは、これらのデータから最適な出漁計画の作成です。捕れる魚の種類や量を予測したり、それらを増やすための漁場や網の設置方法を導き出したりしたいと考えています(図1)。


図1:スマートブイで得たデータで“スマートな漁業”の実現を目指す(東松島みらいとし機構の「IoTサービス創出支援事業」の説明資料より)

もう1つは、新しい小売りモデルの確立です。捕れる魚の種類や量を予測し、それを料理店などに「漁獲予報」として提供することで注文を受け付け、需要のある種類や量だけを捕って直送することを考えています。これが実現できれば、定置網は魚を捕る道具から、商品を生きたまま保管する「生け簀」に変わることになります。

宮城県東松島:牡蠣の養殖の作業効率を高める“ユビキタスブイ”

東松島では、別のブイを使ってカキや海苔の養殖における作業効率を高める活動も展開されています。公立はこだて未来大学の和田 雅昭 教授が開発した「ユビキタスブイ」を使って、水温とクロロフィル(葉緑素)の濁度を測ることで養殖作業を実施するタイミングを最適化するのが狙いです。クロロフィルの濁度は、カキの栄養分となる植物プランクトンの量を算出するために図っています。

松島湾の東名浜はかつて、広島と並ぶ出荷量を誇るカキの産地です。残念ながら東日本大震災により出荷量は激減。それを回復させようと、IT ベンチャーのアンデックスが「水産×IT」を掲げ、はこだて未来大学や地元漁師などと共に取り組みを続け、2017年夏にもNTTドコモと共に事業化を図る計画です。アンデックスの三嶋 順社長は水産商社に勤めた経験の持ち主で、宮城県に対し漁業のIT化についてアドバイスもしているとのことです。

カキの養殖は、「種カキ」と呼ばれるカキの幼生をホタテの貝殻に付着させ、それを沖合に移動して育てます。このとき、種カキをいつ付着させるのか、いつ移動させれば良いのかといったタイミングを判断するには、海水温が大きく関係してきます。これまでは漁師の経験と勘に頼る部分が大きかったほか、水温を記録するにしても作業後の集計になるなど、リアルタイムにはデータを参照できませんでした。

そこで水温センサーを搭載するユビキタスブイを設置し、水温データをクラウドに送信することでデータの蓄積・参照を可能にしました(図2)。データは、スマートフォン用に開発された専用アプリケーションから見られます。刻一刻と変化する海水温をスマートフォンから確認することで、海の状況に合わせて作業タイミングを決定しようというわけです。現在は、クロロフィル濁度も測定しているほか、海苔の養殖にもユビキタスブイで得たデータの活用を始めています。


図2:スマートブイの外観(アンデックスの「水産×IT」のWebサイトより)

なお、はこだて未来大学はユビキタスブイをパッケージ化し、海外を含め宮城県以外にも提供しており、各地の水温データを取得しているほか、データの公開もしています。

鳥取県境港:魚の食欲を測定し、エサやりを適切に

魚の養殖にも各種のセンサーなどで取得したデータの活用が進んでいます。日本水産(ニッスイ)のグループ企業である弓ヶ浜水産が鳥取県の境港と新潟県の佐渡で実施しているサーモンの養殖がそれです。

弓ヶ浜水産でのサーモンの養殖は、受精卵のふ化から始め、稚魚を淡水の養殖場で約1年間育ててから、沖合にある海面養殖場で半年ほど大きくなるまで育てます。その過程では、水温などの環境に加え、魚の運動量や与える餌の量やタイミングが育成に大きく影響してきます。餌については適量を与えられればコストが削減できるだけでなく、水質の汚染防止にもつながります。

そこでニッスイが開発したのが、餌を自動で与えるためのシステム「Aqualingual(アクアリンガル)」です(図3)。Aqualingualは、大きく2つの機能を持っています。1つは、生け簀に設置した水中カメラや水温センサーなどで画像やデータを所得し、それをPCやスマホでリアルタイムにチェックできる機能です。もう1つは、魚の食欲をセンシングし、魚の食欲が高いときに餌をやり、食欲がなくなってくれば餌の提供を止めます。食欲の高低は、疑似餌をぶら下げ、それを魚がどれくらい引っ張っているかで判断しています。


図3:ニッスイが開発した「Aqualingual(アクアリンガル)」の外観(弓ヶ浜水産のホームページより)

さらにニッスイは、「AHMS(NISSUI Aquaculture Health Management System:ニッスイ養殖健康管理システム)」も構築しています。養殖魚の健康状態や養殖環境をモニタリングするための仕組みで、いかに魚を健康的に育てるかにも配慮しています。

大震災が加速した漁業のデジタル化だが少子高齢化対応は待ったなし

実はニッスイのサーモンの養殖は、以前は宮城県の女川などで展開されていました。東日本大震災によって施設が再建を断念せざるを得ないほどに破壊されたために、新たな養殖地として選ばれたのが境港だったのです。以前より海水温が高い、水温が安定しているという長所がある半面、潮流が速い、冬は風が強く荒波が立つといった短所もありました。環境が変わり、さまざまな改良が必要になったことで、各種のセンサーなどを使った取り組みを始めたという訳です。

漁業だけでなく、従事者の経験と勘に支えられている業界は決して少なくありません。確かにこれまでは、それでも日本の食卓を支えられたわけですが、大震災といった、いつ起こるか分からない自然災害だけでなく、少子高齢化による就業人口の減少や、就労者を獲得するための優良な労働環境の整備への対応は最早避けられない課題として私たちの前に存在しています。

今後は、テクノロジーの進展によって、取得できるデータの種類や量、あるいは画像の活用方法なども大きく変化する可能性が高まっています。私たちの暮らしを支え、かつ自然環境にも優しくなるためには、漁業のデジタル化は有効な策の1つだと言えそうです。

執筆者:大堀 達也(Digital Innovation Lab)、奥野 大児(ライター/ブロガー、https://twitter.com/odaiji

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