進む「ヒトのデジタル化」、遺伝子解析により医療の現場が変わる

2016.06.16
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親から子へ受け継がれる遺伝子は生命の基本情報といわれます。その遺伝子を「編集」するための研究開発が進んでいます。米国のMIT(マサチューセッツ工科大学)やボストン大学などからなる研究チームが、遺伝子を編集するためのプログラミング言語を開発したのです。

遺伝子の正体は、DNA(デオキシリボ核酸)と呼ばれる化学物質であることは、みなさんもご存じでしょう。そのDNAは、「A(アデニン)」「T(チミン)」「G(グアニン)」「C(シトシン)」という4種類の塩基で成り立っており、うち2つの塩基が結合して塩基対をなしています。塩基の総数は120億個に及び、かつ塩基配列が個人ごとに異なっていることから「DNAは人の設計図」と呼ばれるのです。

MITらの研究チームが開発したプログラミング言語の「Cello(チェロ)」は、デジタル回路のシミュレータを作るための言語「Verilog(ヴェリログ)」をもとに、DNAに適用できるようにしたものです。テキストで記述した結果をDNAが反応する形に変換し細胞内に流し込むと、特定の機能を提供する回路が生成されます(動画)。研究チームは大腸菌を対象に約60種類の機能を用意しました。今は他のバクテリアに適用するための研究を進めています。同チームは「プログラミング知識さえあれば、DNAを書き換えて細胞に新しい機能を加えられる」としています。

動画:DNAのためのプログラミング言語「Cello」のデモ

遺伝子の編集技術を活用する動きは既に医療の現場でも始まっています。米国では、白血病を煩う少女に、遺伝子編集技術を使って改変した免疫細胞を投与したところ、症状が改善したとの症例が報告されています。バクテリアのDNAを書き換えたり置き換えたりすることによって、消化促進や抗がん作用を持つ酵素を生み出す機能を細胞に付加する研究も、大学や研究機関が進めています。

遺伝子情報を読み取る時間の短縮がヒトのデジタル化を進展

DNAの編集や、それによる難病治療が可能になってきた背景には、遺伝子解析技術の進化があります。例えば遺伝子を解析するための装置に「シーケンサー(配列解読装置)」があります。DNAの塩基配列を自動的に読み取り解析できる装置は「DNAシーケンサー」と呼びます。近年登場した次世代シーケンサーは、塩基配列の解読を超高速に実行する能力を持っており、遺伝子解析のコストを大きく引き下げました。人の設計図であるDNAをデジタルデータとして扱うことが容易になってきた、つまり「ヒトのデジタル化」が進展しているのです。

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写真:遺伝子解析コストの大きな引き下げが「ヒトのデジタル化」を進めている

遺伝子解析コストが高かったこれまでは、遺伝子解析は主に大学や研究機関が中心でした。日本では、東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センターがDNA情報の解析に、東北大学の東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)は遺伝情報やタンパク質の解析結果を組み合わせて病因の解明と予防・治療法の確立を目指した研究に、それぞれ取り組んでいます。

それが解析コストの低下により、民間企業による遺伝子解析サービスが登場してきています。検査会社が用意する検査キットに唾液を入れて郵送すると遺伝子を解析してくれる仕組みです。民間企業による遺伝子検査サービスは大きく2タイプに分けられます。1つは、遺伝子解析に特化したもので、東大発のベンチャー企業、ジーン・クエストのサービスがその代表例です。健康リスクや体質の遺伝的傾向をレポートするほか、祖先のルーツに関する解析情報を提供するもので、料金は1万4800円から4万9800円です。

もう1つは、病気の予防法や健康に関するアドバイスを提供するなど、遺伝子解析結果の応用を指向するもの。ディー・エヌ・エー(DeNA)の子会社であるDeNAライフサイエンスが提供する「MYCODE」という遺伝子検査サービスが、その一例です。がんや糖尿病などの疾患の発症リスクや体質などの遺伝的傾向のレポートに加えて、医師や管理栄養士による生活改善プログラムを提供します。病気と体質の遺伝的傾向を検査する「ヘルスケア」プランの料金は2万9800円です。

遺伝子検査サービスには自治体も注目しています。例えば神奈川県は、健康なようにみえながら病気に近い心身の状態である「未病」に着目。未病を改善する商品やサービスを提供する「未病産業」の創出に向けて、DeNAライフサイエンスの遺伝子検査サービスを未病市場創出促進事業として採択しています。

遺伝子解析が個別化医療の道を切り開く

遺伝子解析は、個別化医療(オーダーメイド医療)のトリガーになると期待されています。同じ病気にかかっていても、その状態は人によって千差万別で、治療効果にも個人差があります。その中で、ある遺伝子に異常があり、その異常が病気をもたらしていると分かれば、その異常に作用する薬を選択したり、そうした薬を効率よく開発したりできるようになるからです。

その遺伝子解析が、上述したように身近なものになってきました。消費者向けの遺伝子検査ビジネスが加速すれば、病気にかかるリスクや太りやすいといった体質と遺伝子の関係についてのデータが蓄積されていきますし、そのデータを活用すれば副作用が少なく、かつ病気に対する効果が高い薬の登場も期待されます。私たちは、より健康な生活を手に入れられる可能性が高まります。デジタル化したヒトに対する医療は、これまでとは全く別の形になるかもしれません。

執筆者:瓶子 和幸(Digital Innovation Lab)、小林 秀雄(ITジャーナリスト)

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