乳がんをセルフチェックで早期発見へ、メキシコのベンチャー企業Higiaが開発するウェアラブルデバイス「EVA」

2018.09.18
リスト
このエントリーをはてなブックマークに追加

先頃お亡くなりになった「ちびまる子ちゃん」の作者、さくらももこさんの死因は乳がんでした。早期に発見できれば完治率が高い乳がんですが、日本の乳がん検診の受診率は、国が定期検診を推奨しているものの、OECD(経済協力開発機構)加盟30カ国で最低レベルにあります。そうした中、乳がんの早期発見につながるウェアラブルデバイスをメキシコのベンチャー企業Higia Technologies(以下Higia)が開発しています。CEO(最高経営責任者)が19歳という同社は、どんな仕組みで乳がんを発見するデバイスを開発しているのでしょうか。

乳房表面の熱量を測定し乳がんを発見

乳がんによる死亡率は年々、増加傾向にあります。早期発見に向けた検査として日本では現在、マンモグラフィが主流です。ただマンモグラフィは、日本人をはじめアジア人に多いとされる高濃度乳房では乳がん発見しにくいとされています。高濃度乳房とは、乳汁を分泌する乳腺組織が、それを支える脂肪組織よりも多い乳房のことで、検査では全体が白っぽく映ってしまいます。

これを補う手法の1つが超音波による検査です。超音波を出す「プローブ」と呼ぶセンサーを胸に当て、跳ね返ってくる音波を画像化し、乳房内部の様子を映し出します。ただ現状では、検査技師や読影を担当する医師の技量に発見率が大きく左右されると言われています。ほかにも、さまざまな検査手法が継続的に検討されています。

それらに対し、メキシコのベンチャー企業Higiaが開発するウェアラブルデバイス「EVA」では、乳房表面の温度を測定することで乳がんの発見に寄与します。EVA自体は、熱量を収集するセンサーを備えたブラジャー状のデバイスで、1週間に60分程度、自宅で測定するだけで良いとしています。

がんは、がん細胞だけで成り立っているわけではありません。がん細胞が活動し増殖し続けるためには、栄養や酸素を運ぶ血管が必要です。そのため「がんは血管を呼び寄せる」とも言われます。新陳代謝と増殖により、がん細胞の周囲は発熱量が多くなり、体温が高くなります。この温度上昇を検知できれば、代謝に異常が起こっていることが分かり、がんの検出につながるというわけです。

乳房の温度上昇をがんの早期検出に利用する方法論自体は、1950年代には確立されていました。しかし、当時の測定技師の技術や知識からは、測定精度のブレが大きく有効な検査方法になり得ませんでした。その後、センサーの精度や測定の容易さなどから、マンモグラフィによる検査が主流になっていったのです。

これに対しEVAでは、約200ものバイオセンサーを搭載し、乳房の全体を覆うことで、体表面の温度を利用者自身が測定できるようにしました(動画1)。そこにAI(人工知能)を組み合わせ、診断アルゴリズの検出精度を高めることで、乳がんの早期発見を目指します。AIには、がん患者およそ1000人分の画像から、どの状態が、乳がんのどの段階にあるかを学習させたとしています。

動画1:メキシコのHigia Technologiesが開発する「EVA」の紹介ビデオ(1分50秒)

7つの質問と心拍数から正しい測定状態を保つ

実際には、どのように測定するのでしょうか。EVAの使い方を見てみましょう。EVAの本体は、スポーツブラの下に着用するウェアラブルデバイスです。これとBluetoothでつながる専用のスマートフォン用アプリケーションが用意されています(図1)。測定は専用アプリが指示する手順に沿って進めます。


図1:EVAはスポーツブラの下に着けるウェアラブルデバイス本体と専用のスマートフォン用アプリケーションからなっている

測定時は安静姿勢を取ります。体表面から必要な情報をバイオセンサーが測定するためです。測定準備ができれば専用アプリを使って、測定前の質問に答えていきます。

具体的には、「過去48時間に強い日射に晒されたか?」「乳房領域にクリームや化粧、ローション、デオドラントを使用しているか?」「過去24時間に胸や脇の下の領域を剃ったか?」「1時間以内に入浴したか?」「過去48時間に鎮痛薬を服用したか?」「直近1時間に食べ物を食べたか?」「直近1時間に運動したか?」などです。

回答が終わると、左右のセンサーの測定機能を調整してから測定を開始します。測定中に運動してしまうなどで心拍数が120 BPM(ビート/秒)以上になれば、測定を中止し、安静にするよう指示されます。

測定終了は専用アプリが教えてくれます。測定データはスマホからクラウドに送られ、クラウド上でAIが分析します。ここで異常が認められれば、医療機関の受診をうながします。結果に異常がなければ、次回の測定をうながします。このアプリは継続的な検査をうながすための行動マネジメントソフトでもあるわけです。

GoogleやAXAなど世界の大手とエコシステムを構築

EVAを開発するHigiaの共同設立者兼CEOであるジュリアン・リアン氏は19歳の若者です。13歳の時に、彼の母親が乳がんを罹ってしまったことから、乳がんを早期に発見できる仕組みの開発を決意。17歳になった2016年に友人のホセ・アントニオ・トーレス氏と共に会社を立ち上げました。

創業早々から各種の賞を受賞し、2017年にはメキシコ企業としては初めて「GSEA(Global Enterprising Student Award)賞」を受賞しています。2018年には「メキシコ大統領賞」を受賞したほか、革新的な製品が出展されることで知られるイベント「SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)」のピッチコンテストでも1位に選ばれました。

Higiaには、インキュベーター大手の米Y Combinatorが2018年に12万ドルを投資するだけでなく、世界中の大手企業とともに研究開発のエコシステムも構築しています。たとえば、診断結果を分析するアルゴリズムの開発には米Googleが協力しています。スマホアプリの開発はITコンサル会社のスペインのBEEVAが、データを収集・分析するクラウドにはメキシコのデータセンター事業者KIO Networksがそれぞれパートナーになっています。

臨床試験においては、米NSF(米国科学財団)やメキシコ社会保障協会(IMSS)が全面的に支援するほか、乳がん撲滅に取り組むNPO(特定非営利法人)などが協力しています。こうした活動を世界に広げるためのマーケティング戦略やテストキャンペーンに向けては世界最大級の金融・資産運用グループである仏AXAが支援します。

メキシコではすでに5000セットを販売

自ら母親に起こった悲しい出来事をバネに、わずか19歳の青年が開発したEVA。誰かのために成し得たいという思いが、社会に存在する課題を鮮明にし、それを解決する原動力になったのではないでしょうか。

EVAは、ウェアラブルデバイス、クラウド、AIを組み合わせることで、自宅でのセルフチェックを可能にしました。メキシコではすでに5000セットが販売され、海外への進出も検討されているようです。セルフチェックを可能にする仕組みは、乳がんの早期発見にとどまらず、多くの分野で検査の考え方や手法を変えていくかもしれません。

執筆者:兼坂 信之(Digital Innovation Lab)、高橋ちさ(ジャーナリスト)

EVENTイベント