「イノベーターはカリスマとは限らない」、企業の“内から”の変革をうながすイベントInnovation Caféからヒントを学ぶ

2016.03.15
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「オープンイノベーション」組織とセクターを越え、そして世界へ−−。こうしたタイトルを掲げた異業種シンポジウム「InnovationCafe vol.3」が2016年2月4日、東京・港区にある泉ガーデンギャラリーで開催されました。狙いは、30~40歳代の次世代リーダーが企業内イノベーターとして成長していくこと。それを支援するために、企業内でイノベーションを起こした人たちに体験談を語ってもらうことで、人の巻き込み方や政治力の利用方法、新規ビジネスを定着させるためのノウハウなどの共有を図っています。

InnovationCafeの出発点は、日本企業の将来に対する危機感。各社がイノベーションを起こして海外へ発信し、ビジネスに育てられるようにならなければ、これからの国際競争には勝てないとの想いから、大成建設のCIOなどを務め現在はコンサルティングなどを手がけるオランの木内 里美氏や大阪ガスのデータ活用を牽引するデータサイエンティストの河本 薫氏などが発起人になり2014年7月に始動しました。

過去3回、Innovation Caféは、虎ノ門ヒルズ、品川の「CO☆PIT」,秋葉原コンベンションホールと会場を変えながら、「業務改革(vol.0)」「事業開発(vol.1)」「技術開発(vol.2)」をテーマに開催。この間にワークショップ型の「Mini Café」も開いています。

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InnovationCafe発起人の木内 里美 氏。大成建設のCIOなどを務めるなど、日本企業のIT活用をリードする1人でもある

“下らないアイデア”の中にイノベーションの芽が埋もれている

InnovationCafe vol.3の基調講演には、慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 教授の前野 隆司 氏(写真2)が登壇しました。エンジニアとしてキヤノンに勤めた後、現在はヒューマンロボティックインタラクションやイノベーション教育学をテーマにした研究に取り組まれています。『幸せのメカニズム』(講談社現代新書)など多数の著書でも知られます。

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基調講演に登壇した慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 教授の前野 隆司 氏

前野氏はまず、「改めてイノベーション(Innovation)とは何か」を問いかけました。同氏によれば、イノベーションの語源は“New”に通じ、市場や社会を変えるインパクトを備えた製品開発技術やサービス、または、それらをもたらす革新的なビジネスモデルやプロセスを指しています。

イノベーションの一例として前野氏が挙げるのが、米AppleがノートPCのために採用した金属加工技術です。同社のノートPCなどのきょう体は、「ユニボディ」と呼ばれ、無垢のアルミ素材を削り出すことで作り出されています。最初にユニボディの製品が登場した際には、利用者はもとより、多くの製造関係者が「あっ」と驚きました。ユニボディは今も「薄くて美観に優れる」といった評価を得ています。

Appleの「ユニボディ」に対する設計思想と加工方法

そのAppleのきょう体作成技術が実現されるまでには、こんな経緯があったと前野氏は説明します。当初Appleの設計者が、新しいノートPCのきょう体に「アルミニウム合金の削り出しを使いたい」と言ったところ、金属加工の専門家やプロフェッショナルからは「高度な技術を要するアルミの削り出しを民生品に使うなんて到底採算に合わない。ノートPCなら板金か樹脂成型で製造するのが常識だ」と一笑に付したというのです。

それでもAppleは諦めることなく、製造技術や製造装置は元より、素材そのものまでを研究。製造装置は自らが設備投資し、それを台湾/中国のメーカーに貸し出して製造するなど、「当時の常識を覆すアプローチで乗り越えていった」(前野氏)。専門家が「採算に合わない」としたノートPCでのアルミ削り出し採用を実現させたわけです。現在では、最新のApple Watchを含め同社製品のほとんどが、この方法で作られています。

前野氏は「下らないアイデアと素晴らしいアイデアは紙一重。Apple製ノートPCの事例のように、賛否が大きく分かれる“下らない”アイデアの中にこそ、イノベーションのチャンスが埋もれているのです」と指摘します。米国のデザインファームZibaに参画し、世界初のUSBメモリーのコンセプトデザインなどに関わった濱口 秀司 氏も、同じ主旨のことを発言しているそうです。

では、どうすればイノベーションが起きやすくなるのでしょうか。企業でイノベーションの芽が摘み取られてしまう阻害要因として前野氏は、「過去の成功体験の呪縛」と「組織内に巣食う見えない壁」を挙げ、それぞれへの対処法を示します。

成功体験の呪縛から逃れるためには、「経営資源の1~2割を新規事業に割り当て、社員にあえて突拍子もないことをやらせてみるのがよいでしょう。米Googleの『20%ルール』は有名ですが、彼らが社員に仕事以外のことに取り組む時間を強制的に作らせているのも、同じ理由からです」

一方の組織の壁は、「『組織の中に壁がある』という自身の思い込みや固定観念から生じます。それをまずは打ち破りましょう。他人のせいにせず、一人ひとりが、ささやかでも他部署の人と情報交換を始めるなど一歩を踏み出し、互いが相手の取り組みを認め合う。これを繰り返すことで組織や社会が次第に変わっていきます」

「健常者が障害者に負けるはずはない」という思い込みを打ち破る

Innovation Cafeでは、事例講演としてイノベーターが登壇し、自身の体験を来場者に伝えるのも特徴の1つです。 vol.3では、XiBorg(サイボーグ)代表取締役でソニーコンピュータサイエンス研究所の所員でもある 遠藤 謙 氏らが登壇しました。遠藤氏は「僕は義足で世界を変える」と題して来場者に語りかけました(写真3)

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開発中の義足を持つXiBorg代表取締役の遠藤謙氏

現在、遠藤氏が研究しているのは、2020年に開催される東京オリンピック/パラリンピックを視野に、アスリートがより快適に利用でき好成績を残せる義足です。ただ同時に、競技用だけでなく、病気や事故などで足を失った高齢者や発展途上国の幼い子供たちに向けても、研究成果を届けようと取り組んでいます。

「競技の世界では近年、義足の技術や機能向上、アスリートの努力や戦略の進化に伴い、義足の選手が五輪金メダリストに匹敵する好成績を記録する場面が増えています。感動を与える一方で『義足装着はルール違反ではないか』といった議論も起こっています。こうした議論の根底には『健常者が障害者に負けるはずはない』という思い込みがあると私は感じるのです」と遠藤氏は述べます。つまり、遠藤氏が戦っているのは、健常者を基準とした“常識”だといえます。

大学時代の遠藤氏は歩行ロボットの研究を専攻していました。その頃に、親しい後輩が骨肉腫のために左足を切除することになります。「足を失った彼が『自分の足で歩きたい』と言った時、僕は『このままロボットを歩行させるための技術を研究し続けていいのか』と思い悩みました」(遠藤氏)。

転機が訪れたのは2004年。現在MIT Media labでバイオメカニクスの研究グループを率いるHugh Herr(ヒュー・ハー)教授との出会いです。Hugh氏自身が17歳の時、氷壁の登攀中に起こった事故で凍傷にかかってしまい両足を切断、それ以来義足を着用していました。

「しかし彼は奮起してロボット技術を使った義足を自ら開発し、それを着用して登攀に再チャレンジしたのです。両足がない分、体重が軽くなり酸素の消費量も減ったことで、健常時を上回る記録を残せたといいます。障害者が健常者を上回れることを自ら体現してみせたのです」(遠藤氏)。

「TEDxTokyo2014」(2014年5月)でのスピーチ

(引用:TEDxTokyo http://www.tedxtokyo.com/

ロボットでなく人間の歩行を助けたい−−。そう決意を固めた遠藤氏はHugh教授のもとで共同研究を始めます。現在は、オリンピックに陸上競技で3大会連続出場した為末 大 氏を含むコーチやアスリートの協力を得ながら、新しい義足のプロトタイプを開発しています。スプリングを用いた試作品は、筋肉の動きをモーションキャプチャーなどで確かめながら製作しました。義足のアスリートに実際に着用・評価してもらい、より高い満足度を得られるよう改良を重ねています。

「メガネを使った矯正視力が一般生活で容認されているように、義足も生活の中に溶け込んでほしいというのが私の願いです。いわば“矯正身体能力”が広く認められ、障害者の身体能力が、日常生活においても競技の場においても特別視されない世界を目指したいと思います」。この遠藤氏のひたむきな姿勢に対しては、来場者から大きな拍手が送られました。

幸せな人がイノベーティブな人

基調講演に登壇した前野氏は、イノベーションを起こす人の共通点を挙げています。(1)人生を賭けるほどの強い信念や大志を持っている、(2)利他的な行為により強い幸福を感じる、(3)前向きで楽観的である、(4)人目を気にせず独立型でマイペースである、などです。

「端的に言えば“幸せな人=イノベーティブな人”です。多数決で物事を進める組織も良いのですが、それでは改良型のイノベーションに留まるでしょう。本来的な意味での『イノベーション』はカリスマではなくとも、誰でも起こせるものなのです」と、前野氏は来場者に訴えます。

遠藤氏が新しい義足の研究に取り組む姿勢は、前野氏が指摘するイノベーションを起こす人の共通点と大いに合致します。同氏が創り出す義足は、Appleのユニボディ同様に、私たちの世界にイノベーションをもたらすと言えるでしょう。

執筆者:柏崎 吉一(エクリュ)

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