ニッポンのプログラマー、ここにあり!注目したい未踏事業のクリエータ人材

2016.06.08
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突き抜けた才能を持つITイノベーターを発掘する−−。こんな目的を持つ国家プロジェクトが「未踏人材発掘・育成事業(未踏事業)」です。今から16年も前の2000年にスタートして以来、選りすぐりのITイノベーターを毎年、発掘してきました。結果「スーパークリエータ」と呼ばれる突出した人材は累計272人に上ります。優れたエンジニア、プログラマーは日本にも存在するのです。

ただ成果物としては、便利なソフトウェアやユニークなハードウェアが大半。加えて、新しいもの、斬新なものを拒否しがちな日本の風土の中にあっては、デジタルビジネスという視点からは遠く、社会に大きなインパクトを与えるほどには、率直に言って至っていないのが実状でしょう。

だからといって悲観するには早すぎます。「イノベーションを起こす必要がある」「デジタルビジネスに対応しなければならない」といった危機感を背景に、未踏事業にフォローの風が吹き始めたのは、ここ3、4年のこと。同時に設備投資を軽減するクラウドコンピューティングや3Dプリンターといった技術が急ピッチで広がり、資金調達を容易にするクラウドファンディングやVC(Venture Capital)の投資も充実の一途をたどっています。

これまでの未踏事業は助走期間、本番はこれから

こう考えれば、未踏事業の過去16年は助走期間であり、環境が整ってきた今からが本番と見ることができます。2015年度にスーパークリエータに認定された人材は10人。何百人もの応募から選ばれた「未踏クリエータ」23人のなかから、さらに厳しい審査を経て選ばれています。

そんな彼ら(女性はゼロだった)は、どんな成果を上げたのでしょうか。未踏事業を統括する情報処理推進機構(IPA)が2016年6月始めに、成果発表会を開いたので、その内容を紹介しましょう(写真1)。チームを組んでの取り組みもあるため発表件数は8件でした(表)。

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写真1:未踏事業の成果発表会の様子

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表:未踏事業の成果発表会で8つの案件の概要

最初の発表は「sigboost」。言わばプログラマブルな電子楽器です(写真2)。電子ミュージックの世界では、音楽を演奏するために音を高速に合成する必要がありますが、演算処理が膨大になるとリアルタイムに音楽を合成できないという制約があります。sigboostは、この問題に着目。音楽分野で多用されているビジュアルプログラミング言語「Max」(Cycling’74製)で合成したい内容を記述すると、それをHDL(ハードウェア記述言語)に変換し、FPGA(Field Programmable Gate Array:プログラム可能な集積回路)というICチップを生成します。

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写真2:プログラマブルな電子楽器「sigboost」の外観

最終的にハードウェアで音楽を合成することにより上記の制約をなくすアプローチです。数カ月という短期間でソフトウェアとハードウェアを開発した点や、音楽とコンピューターの両方に通じている点などが評価の対象になり、スーパークリエータに認定されました。

次の「Lightning UI」はExcelやPowerPointなどのソフトウェアの操作を支援するツールです。利用者の操作を学習し、次の操作を予測してマウスを移動させる機能を備えています。単なるユーティリティにも思えますが、実際には機械学習機能を内蔵する最先端のツールであり、実用性の高いものに仕上がっています。

「心音計」は人の心、つまり精神状態を可視化する仕組みです。各種のウェアラブルデバイスによる体温や心拍数、FacebookのようなSNS(Social Networking Service)のデータなどから身体行動量や認知行動量、社会行動量などを把握して定量化します。これを開発者は「心のモニタリング」と呼んでいます。

「Lightmetrica」はCG(Computer Graphics)によく使われるレンダリングソフトです(写真3)。元になるワイヤーフレーム図からリアルな画像を描く手法は種々ありますが、対象物によって最適な画像は異なります。Lightmetricaでは、どの手法が最適かを次々に検証できるようにしています。極めて完成度が高く、すでにOSS(Open Source Software)としても公開されています。読者のみなさんも機会があれば、トライしてみるといいかもしれません。

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写真3:「Lightmetrica」よるレンダリングの例

「UMA Tracker」は動物実験や生態観察に有用な実用ツールです。動画像から動物や微生物の動きを検出し、トレースできるようにします。人が動画を見ながらトレースすると2時間かかるところをわずか3分で行えるようになるといいます。これもOSSとしてプログラムの共有サービス「GitHub」上で公開されているほか、大学など12の研究機関が既に実験に利用しています。

写真4は、手乗り人工知能カメラ「NanoDeep」です。カメラとマイクロコンピュータ、それに深層学習(Deep Learning)の機能をFPGAに載せた専用回路から成っています。未踏事業の制約下で開発しているため超小型とは言えず、しかも類似コンセプトの製品がNanoDeep開発着手後に発表されました。そうした中でもFPGAの使い方を独力で習得し、かつ複数の深層学習アルゴリズムをFPGAに実装したという点が評価されてスーパークリエータに認定されました。

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写真4:手乗り人工知能カメラ「NanoDeep」と、それを発表する開発者

8案件の中で、いち早く事業化に踏み出しているのが「Hack for Play」。小学生が自発的にプログラミングを習得できるように工夫した、言わば教育プログラムです。具体的には対戦型のゲームソフトで、コントローラーを操作するだけでは勝てないのがミソ。勝つためには、プログラムを修正したり追加したりする必要があります。となればプログラミングを覚えて実践するようになるという発想です。開発者の寺本氏は既に教育を提供する会社を設立しています。

最後の「Eyecatch」はWebサイトの継続的インテグレーションを支援するサービス。Webサイトの運営者はHTML言語を駆使して画面を変更しますが、大規模なサイトで画面数が多くなると、修正したHTMLがどのように画面に反映されているかをチェックするだけでも大変な負担がかかります。Eyecatchは、変更があった画面だけを自動検出することでチェックを簡単にできるようにしています。

8案件をざっと紹介しましたが、読者はどう思われたでしょうか?もしかすると「画期的な発明には思えない」「便利そうだけど、これが未踏事業と呼べるほどのものなのか」など、否定的なニュアンスで捉える方がいるかも知れません。実は筆者も、これらの成果だけを見た時には、その種の感想を持った1人です。

しかし本当の凄さは、ごく限られた期間で、しかもクリエータたちがほとんど独力でツールやソフトを創った点にあります。大半が学生である彼らが今後、社会人になり、あるいは起業して社会の仕組みやビジネスのあり方に問題意識を持ったとすれば、デジタルをテコにしたイノベーションが起こる可能性は大いにあります。それが冒頭で示した「本番はこれから」という意味です。

執筆者:田口潤(IT Leaders)

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