JR東日本が挑むIoT、線路の保守からドア・ツー・ドアの新サービスまで

2016.10.27
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JR東日本がIoT(モノのインターネット)をテコに鉄道分野にイノベーションを起こそうと挑戦を始めています。車両に取り付けたセンサーやカメラで収集したデータを分析することで、鉄道の枠をも超えた新しいサービスの創出を目指します。2016年8月には「IoT×AIタスクフォース」も立ち上げました。JR東日本の執行役員で総合企画本部技術企画部長 JR東日本研究開発センター所長を勤める横山 淳 氏が、ITベンダーのワークスアプリケーションズが東京・六本木で開いた「Company Forum 2016」で2016年9月29日に行った講演内容から紹介します(写真1)。

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写真1:講演するJR東日本の執行役員 総合企画本部技術企画部長 JR東日本研究開発センター所長の横山 淳 氏

営業運転している電車が保守データを集める

東京の都心部をぐるりと回る山手線。同路線は、JR東日本エリアの乗車人員数トップ3を誇る新宿駅、池袋駅、東京駅の3つのターミナル駅を抱えています。その山手線を走る最新車両が「E235系」です。安全運行のための新システムやエネルギー効率を高めているだけでなく、このE235系は複数のセンサー類を搭載するIoT(モノのインターネット)のための実証実験用の車両でもあります。

実証実験を進めているのは、線路や架線などの保守コストを削減する「スマートメンテナンス」。横山氏によれば、JR東日本の営業経費は「年間1兆5000億〜1兆6000億円。うちメンテナンス費用が3分の1〜4分の1を占めている」のです。人口増加と共に発展してきた鉄道ですが、これからの日本は人口が減っていき営業収入も減少します。ですが「メンテナンスはなくせないし、むしろ“安心・安全のために、より徹底していく必要がある」(同)だけに、保守コストの構造見直しは経営上のテーマです。

構造見直しのためにJR東日本が取り組むのが、「CBM(Condition Based Maintenance)」と呼ぶ方法。設備の状態を常時監視しておき、状態の変化から故障の発生を予測して対応します。現状の保守方法は、TBM(Time Based Maintenance)と呼ばれるもの。人手や検査用の専用車両を走らせて線路や架線の状態を把握し、異常があれば対応するもので、その検査周期も3カ月に1度の頻度にとどまらざるを得ませんでした。営業運転で走行している車両ですから、センサーやカメラが毎日、線路や架線の状態を検査していることになります。

そのため新型車両は、床下に線路の状態をモニターする装置を、屋根の上に架線の状態をモニターする装置をそれぞれ搭載しています。線路のモニター装置は、加速度データをもとに線路の歪みを把握するほか、カメラで軌道や軌道と枕木の締結部分を撮影し、その緩みや歪みなどを把握します。架線のモニター装置は、センサーで電車に電力を供給する「き電線」の熱量を測定するほか、レーザーで架線の高さの変位を、赤外線LEDで架線の摩耗を検出します。測定したデータはメンテナンス基地にリアルタイムで送信します。

車外だけでなく車内の状況もモニターしています。その1例が乗降用の扉。扉を開け閉めする際の電流を測定しているのです。特に扉を閉める際の最大値に着目することで、故障を起こしそうな扉を発見できるようになりました。一般には「扉がいつ故障するのか分からないため、定期的に検査したり取り替えたりしている」(横山氏)のですが、CBMの手法を採り入れることで故障しそうな扉を検知し、壊れる前に交換できるようになります。

災害や事故の発生に応じた“オンデマンド”な運行も可能に

新型車両によるCBMへの取り組みは実証段階ですが、山手線では既にデータ活用による顧客サービスへの反映が始まっています。具体的には車内エアコンの温度設定の最適化です。車内の混み具合や温度をリアルタイムに計測。これに、蓄積したビッグデータの統計処理結果から得た知見を組み合わせることで、乗客の増減に合わせてエアコンの温度を調整しています。エアコンは設定を変えても直ぐには効きません。ですので「例えば、新宿駅から大勢の客が乗ってくるとなれば、その2つ手前の駅ぐらいから設定温度を変え、新宿駅に着くタイミングで最適になるようにしている」(横山氏)のです。

混雑率や車内温度といったデータは、同社がスマートフォン向けに提供する「JR東日本アプリ」に対しても公開しています(動画)。JR東日本管内の列車の運行状況や駅の構内情報などを提供するためのアプリですが、山手線では、走行中の列車の混雑率や車内温度をリアルタイムに確認できます。種々のデータを計測している新型車両が、どこを走行しているかも分かります。今、乗っている車両が「涼しすぎる」と思ったら温度が高めの車両に移動したり、次の列車は混雑しているのでもう1本待ったりといったこともできるのです。

動画:「JR東日本アプリ」の紹介アニメーション

運行中の列車の状況を含め、様々なデータの利用を始めたJR東日本では、「車両の状況をリアルタイムに把握し、それを統計処理したり将来を予測したりすることを色々なサービスに利用していきたい」(横山氏)と考えています。その1つが「利用客に“アンビエント”な情報を提供すること」(同)。アンビエントとは、「周囲」や「環境」を意味する言葉で、JR東日本にとっては、顧客の利用シーンに即した情報やサービスを提供することを指しています。具体例として横山氏は「列車を運行できない時に、帰宅を急ぐ人に帰宅のためのルート情報を提供したり、お酒が好きなことが分かっている人には近隣にある居酒屋のクーポンを配信したりといったサービス」を挙げます。

さらに、「他の交通機関の運行情報や天候情報、近隣のイベント情報などを入手し組み合わすことができれば、その時々の状況に対応して臨時列車を走らせるなどの“オンデマンド運行”が可能になる」(横山氏)とも考えています。オンデマンド運行とは例えば、JR東日本の路線と並行して走っている他社路線がストップすれば、振替輸送客による混雑を避けるために列車を増発したり、列車だけでなく路線バスなどが渋滞で遅れていれば列車の発車時刻をずらしたりといったことです。これまでの鉄道輸送に求められてきたのはダイヤ通りに正確に運行すること。オンデマンド運行は、そんな“常識”を破壊することにもなります。

駅を飛び出したサービスを提供したい

常識破りのサービスの範囲は、駅や線路といった自社の敷地をも離れていきます。利用者の自宅から旅先の目的地までをカバーする「ドア・ツー・ドアでのサービス提供を考え始めている」と横山氏は明かします。既に「駅ナカ」ビジネスには積極的に取り組んでいる同社ですが、自宅から駅まで荷物を運んだり、降車駅から目的地までの公共交通機関を移動中の列車内から予約したりといったことを「種々の企業と連携しながら実現したい」(同)考えです。「駅から駅まで人やモノを運ぶというビジネスモデルは既に陳腐化している。徹底して顧客志向になれるかどうかがサービス企業として生き残るための分かれ目になる」と横山氏は指摘しました。

顧客指向では次世代新幹線のサービス強化も重要なテーマです。JR東日本が運行する東北新幹線は2030年に北海道の札幌まで延伸する計画です。東京と札幌の間を5時間で結びますが、飛行機との顧客獲得競争では「4時間の壁」が存在すると横山氏は言います。4時間までは新幹線、それを超えれば飛行機が選ばれるという実状です。そこで、東京=札幌間では「5時間というまとまった時間が取れることを逆手に、車内を“有意義に過ごせる快適空間”にできないかと知恵を絞っている」(同)そうです。ここでも、社外からのアイデアを取り入れたいとしています。

蒸気機関による輸送力で第1次産業革命を支えた鉄道。デジタルによる第4次産業革命の時代を迎えた今、JR東日本はIoTとAIによるデータ活用によって、保守業務などのコスト削減と、顧客サービスの創出という二刀流で新たなビジネスモデルの構築を目指します。今後、列車や駅がどのように変化していくのか利用者として目が離せませんが、それらのサービスが他業種のビジネスを破壊することもあれば、新たなビジネスチャンスを生みだすことにもなりそうです。

執筆者:小林 秀雄(ITジャーナリスト)

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