ゲームで人の流れを変える、Pokémon GOが仕掛けるロケーションビジネスとは

2017.07.25
リスト
このエントリーをはてなブックマークに追加

一時の熱狂からは冷めたものの今も根強い人気を誇るスマホ用ゲームの「Pokémon GO」。多数のポケモンを集めて育てレベルを高めるために、街中を歩くという“屋外型”のゲームとして知られています。2016年7月にオーストラリアとニュージーランドでリリースされて以来、世界中のプレーヤーが捕まえたポケモンの数は880億匹、そのために歩いた総距離は87億キロメートルに達しています。Pokémon GOは、どんな背景で誕生し、何を目指しているのでしょうか。

Pokémon GOは日本では2016年7月22日にリリースされました。これまでに米国やドイツ、イギリス、イタリア、スペインのほか、アジアやアフリカ、中東など200カ国以上で提供されています。ダウンロード数も7億5000万(2017年6月時点)を超えています。

このPokémon GOの開発方針などを聞く機会がありました。Pokémon GOの開発会社である米Niantecで製品開発マネジャーを務める河合 敬一 氏が、位置情報ビジネスの専門イベント「ロケーション ビジネス ジャパン(LBJ)2017」(主催:ロケーション ビジネス ジャパン 実行委員会)の基調講演に登壇しました(写真1)。同氏の講演から、Pokémon GOが目指すロケーションビジネスの概要を紹介しましょう。


写真1:米Niantecの製品開発マネジャー、河合 敬一 氏

子供が屋内でゲームばかりしているのは残念

Niantecは米Googleが提供する地図サービス「Googleマップ」の開発チームから生まれたスタートアップ企業です。2015年8月、「仲間と共に歩いて冒険に出かけよう」を社是にGoogleから独立しました。今も、「この社是が、開発時や新しいことへチャレンジする際の判断基準になっている」(河合氏)そうです。

河合氏は2007年にGoogleに入社し、Googleマップの開発に日本側の責任者として従事しました。その後、「ストリートビュー」の開発にも携わりました。そうした中で、「地図はどこかに出掛けることを決めた後に見るもの。例えば『外に出るのが面倒くさい』と思っている人の背中を押すのは難しい。『外に出る』という思いを支援するモノを作りたい」(河合氏)との思いが募っていました。

加えて河合氏は、「外には素晴らしいことがたくさんあるのに、子どもたちがモニターの前にずっと集まっていたり携帯ゲームばかりしているのは残念だと思っていた」と言います。外でj遊ぶことの根源的な楽しさと、携帯電話やウェラブルデバイスといった新しいテクノロジーとを組み合わせれば「もっと楽しいことができるはずだ」と河合氏は考えていたのです(動画1)。

動画1:米NiantecのCEOが語るPokémon GOの開発背景(1分32秒、Pokémon GO Japan公式サイトより)

陣取り合戦ゲーム「Ingress」の成功にエイプリルフール企画が重なる

そこから生まれたのが「Ingress(イングレス)」というスマートフォンの位置情報を活用した陣取り合戦ゲームです。プレーヤーは青と緑の2つの陣営に分かれ、実際の街中に設定された「ポータル」と呼ぶ拠点を奪い合い陣地を広げていきます。ポータルは今では200カ国に500万〜600万カ所に設置されています。中には「作戦を実行するために実際にヘリコプターに乗って上空から指揮するプレーヤーもいる」(河合氏)といいますから、単なるゲームの域を超えているのかもしれません(動画2)。

動画2:「Ingress」の紹介ビデオ(2分。Ingressの公式サイトより)

Ingressのダウンロード数は2011年のサービス開始から、これまでに2000万を超え、プレーヤーの移動距離の合計は3億4000万キロメールに上ります。世界各地で関連イベントも開かれ、東京・お台場で2016年1月に開催されたイベントには約1万人のプレーヤーが集まりました。河合氏はIngressを「爆発的なヒットとは言えないが、長く続けてもらえるタイトルになった」と評価しています。

Ingressの成功をきっかけにNiantecが次に開発したのがPokémon GOです。きっかけは2014年4月1日のエイプリルフール企画。任天堂とライセンス管理などを手がけるポケモン、Googleがコラボレーションし「ポケモンを捕まえられる」と発信したのです。これを「実際に屋外でできれば、もっと面白くなる」(河合氏)との考えから開発が始まりました。

3社の協力で生まれたPokémon GOですが、日本でのサービス開始は、オーストラリアやニュージーランド、米国やドイツ、イタリアなどでのサービス開始後でした。河合氏は「日本でのサービス開始はもっと前を予定していた」と明かします。実は「Pokémon GOのトラフィックは想定の約50倍に達していた。サーバー環境を拡張するためにサーバーチームは寝ずに奮闘していた」(同)のです。

ロケーションが分かるゲームは人の流れを変えられる

Pokémon GOは基本、無料のゲームです。武器などを購入する際には課金がありますが必須ではありません。では、NiantecはIngressやPokémon GOにおいて、どうビジネスを成り立たせているのでしょうか。その秘密は、「IngressやPokémon GOのようにロケーション(位置)が分かるゲームは、人の流れを変えられる」(河合氏)ことにあります。

一般に小売業などの経営者は「店の前を通る人の数が分かれば、おおよその売り上げが分かる」と言われています。ただ、通勤や通学、買い物などで日常的に使う道は、あらかた決まっているだけに、店舗側の都合だけで人の流れを変えることは非常に難しいとされてきました。しかし、人の流れを変えられるゲームがあるとすれば、どうでしょう。河合氏は「そこにビジネスチャンスがある」と断言します。

例えば、米ワシントン州シアトル近くに、経営危機に陥っていた小さなアイスクリーム店がありました。ところが、Pokémon GOのサービスが始まり、プレーヤーが武器などを入手するために立ち寄る「ポケストップ」が店に近くに設置された結果、多くの人が集まるようになり売り上げが増大し、同店は経営危機を脱しました。「これが現実です。(ポケストップのようなシカケにより)あちこちで同様のことを起こせる」と河合氏は力強く語ります。これが、NIANTECが展開しているロケーションビジネスなのです。

日本国内では観光振興や街おこしのツールとしてPokémon GOが活用されています。2016年11月に宮城県、福島県、岩手県の被災三県の沿岸で実施したイベントが、その一例。同地域で一定期間、「ラプラス」というレアなポケモンの出現率を高め、Twitterで「岩手、宮城、福島の沿岸部でラプラスが出現しやすくなっているので東北に遊びに行ってください」と拡散しました。結果、「宮城県石巻市だけで10万人を動員するなど、経済効果は20億円以上あった」(河合氏)と言います(図1)。河合氏自身「(Pokémon GOなどのロケーションゲームが)これほど地域に貢献できる力があるのだと改めて実感した」と言います。


図1:Twiiterで東北でのイベントを紹介した(Pokémon GO公式ツイターアカウントでの2016年11月10日のツイート)

収益モデルはゲーム内課金に頼らないパートナーシップモデルを採用

Niantecでは,ロケーションビジネスにパートナーシップモデルを採用しています。パートナー企業から費用の提供を受けることで「ゲーム内課金を抑えてもマネタイズが成立する」(河合氏)からです。一般にスマホゲームではゲーム内課金でマネタイズを図っています。しかし、特定アイテムを得るために課金を強いる仕組みが過熱し過ぎて社会問題になったように「課金モデルをうまく運営するのは難しい」(河合氏)のも事実です。

Pokémon GOでは現在、総計で3万5000以上のスポンサー付きのロケーションを設置しており、延べ人数で5億人以上が訪問しています。例えばサービス開始と同時にスポンサー企業になった日本マクドナルドの場合、2016年7月22日〜31日の10日間だけで「売上高は25.6%増加」(河合氏)しました。日本マクドナルド以外にも国内では、タリーズや伊藤園、ソフトバンク、セブン−イレブン・ジャパン、イオングループ、TOHOシネマズなど7企業10ブランドがパートナーシップを結んでいます。

それでも河合氏は「ロケーションビジネスには、まだまだ課題やチャレンジがある」と指摘します。例えば、現状はチェーン展開している大手企業がパートナーの中心ですが、「人の流れを変えるテクノロジーを活用すれば、街中の商店街と郊外の大型店舗の双方が成り立つ街づくりができるかもしれない」(同)ためです。そのためにNiantecは「ビーコンなどのロケーション技術の活用やウェラブルデバイスへの対応などにチャレンジしていく考え」(同)です。

年代を超えて楽しめるゲームが持つ力への期待

人の流れを変えることによるマネタイズを考える河合氏ですが、同氏がPokémon GOを開発して良かったと感じたのは、「米ミシガン大の大学病院の子ども病棟で、子どもたちがリハビリに楽しんで取り組むためのツールとしてPokémon GOを活用しているという話を聞いた時だった」そうです(動画3)。

動画3:大学病院での利用状況を紹介するビデオ(1分41秒、米ミシガン大・大学病院の公式サイトより)

加えて河合氏は、「Pokémon GOには他のゲームにはない特徴がある」とも話します。それは、「ポケモン世代だけでなく、年配者を含め幅広い層で楽しまれていること」(同)です。河合氏のお母さんも「70歳になりますが、毎日遊んでいるらしくレベル36になっている」とのことです。「より楽しく、思わず出かけてしまうような製品を作成したい」と話す河合氏ですが、老若男女を問わず遊べるロケーションゲームが登場すれば、人の流れはどのように変わっていくのでしょうか。

執筆者:中村 仁美(フリージャーナリスト)

EVENTイベント