なぜ多くの有力企業が次世代のシステム開発手法に取り組むのか?米国のイベント参加を機に考えてみた

2018.10.23
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デジタル技術を使って新たなビジネスやサービスを創出するデジタルトランスフォーメーションへの取り組みが本格化しています。そうした中、先行する有力企業の多くが、システム開発の現場に、次世代の手法を採り入れています。高品質なシステムを開発するために研究され改善されてきた既存の開発手法では不十分なのでしょうか。こうした疑問について、考える機会がありましたので、ご紹介します。

名だたる企業がJavaの技術イベントで議論

次世代のシステム開発手法の必要性について考える良い機会になったのは、米国の首都ワシントンD.C.で2018年9月24日から27日にかけて開催された「Pivotal SpringOne Platform 2018」(主催:米Pivotal Software)というイベントです(写真1)。会場のGaylord Convention Centerには、3000人近くの開発者やシステム担当者が集まり、システム開発の先進事例を含む200を超えるセッションを通じて学び、議論が交わされました。


写真1:会場となったGaylord Convention Center

セッション内容は、技術的なトピックが多めでした。Java言語を使って企業向けアプリケーションを開発するためのフレームワークである「Spring」や、開発したアプリケーションをクラウド上素早く簡単に実行するためのプラットフォームである「Pivotal Cloud Foundry」などに関するものです。

一方で、ユーザー企業による事例セッションも20以上(1割強)ありました。具体的には、Citi、Wells Fargo、Northern Trust、Fidelity、Liberty Mutual、Master Card、DBS Bankといった大手金融機関のほか、U.S. Air Force(米空軍)やボーイング、ダイムラー、T-Mobileなど錚々たる顔ぶれです。日本企業としてはYahoo! Japanが登壇しました。

これほど多彩な世界の有力企業/組織が、なぜJavaのフレームワークやプラットフォームのような技術的なイベントに参加するのでしょうか?そのヒントが、主催者であるPivotalという会社の概要からも得られます。

アジャイル開発の手法を教え必要な道具と環境も用意

Pivotalの創設は2013年。各種のM&A(企業の統合・買収)の結果、米デル・EMCの傘下に入り、2018年4月にNY証券取引所に上場しました。現在は世界20拠点に約2000人の従業員を擁しています。

主なユーザー企業には、上記のほかに、GoogleやFacebook、Tesla、GE、Fordといった米国企業のほか、米国の7大銀行と7大保険会社が含まれます。社歴の長い大手だけでなく、GoogleやFacebook、TeslaといったITを駆使することが本業である企業をもユーザーに持つのは、他のIT企業では例がないと言えるのでないでしょうか。

そのPivotalが提供しているのは、以下の3つのアプリケーション開発のための手法やツール群です。

Pivotal Labs:アジャイル開発のスキルを集中して学ぶ施設。ユーザーはここに開発チームを送り込み、Pivotalの専門家とともに実際のアプリケーションをアジャイル手法で開発する。これを通じてノウハウやスキルを習得し、自社の伝道師役になる人材を育成する

ツール群(Spring、Tracker、Concourse):効率的にアプリケーションを開発し、デプロイし、運用するためのツール群。いわゆるDevOps(開発と運用の統合)、CI/CD(継続的インテグレーション/継続的デリバリー)を実現するためのオープンソースソフトウェア(OSS)である

Pivotal Cloud Foundry(PCF):上記2のツール群を稼働させるためのPaaS(Platform as a Service)。開発者がITインフラのことを気にせず開発に集中できるようにする。ITインフラに関わる多くの仕事を効率化/自動化できるのでIT運用担当者も、自分の仕事を効率化できる

簡単にまとめれば、アジャイル開発の手法やノウハウを教育し、開発したアプリケーションをできるだけ短時間で実行(サービスとして提供する)するツールやPaaSを提供しているわけです。

やや強引になりますが、料理に例えるなら「味付けの仕方や正しい料理の手順が身につくよう徹底して指導し(Pivotal Labs)、包丁やまな板などの料理道具(ツール群)、それと簡単に調理するガス器具や洗い場などからなるキッチン(PCF)も提供する」といったところでしょう。ではなぜアジャイル開発が注目されるのでしょうか。

アプリケーションの素早い開発が生き残りの必要条件に

デジタル社会では、どのようなサービスが成功するか予測は困難です。だからといって何もしないか後追いばかりしていては、先行者に負けてしまいます。そこで「行けそうだ」と思えるアイデアを素早く形にして試すなど、トライアルを繰り返さなければなりません。ニーズが変わったり、競合他社が優れたアプリケーションを開発したりすれば、自社もできるだけ迅速に対抗するサービスを打ち出す必要もあります。

つまり環境変化に対し、俊敏にビジネスや事業を変化させること、そのためにアプリケーションを素早く開発することが、生き残りの必要条件になっているのです。これが「アジリティ(俊敏性)」であり、アジャイル開発が注目を集める理由だと筆者は思います(「アジリティ」は「アジャイル」の名詞形です)。

イベントの基調講演でPivotalは、これを「follow the rabbit」と形容していました。あちこち飛び跳ねるウサギを見失わず、的確に方向を変えながら追いかけるのが重要との意でしょう。

しかし従来のウォーターフォール開発に慣れ親しんだ企業やエンジニアにとって、アジャイル開発をものにするのは容易ではありません。進め方と役割、そして何より考え方、つまりカルチャー(文化)が大きく異なるためです。事例セッションでも複数のユーザー企業が「社内カルチャーの醸成に苦労した。今もしている」と、異口同音に述べていました。この文化の壁を乗り越えるために、その教育をPivotal Labsに頼り、定着・実践するためにPCFの活用に乗り出しているようです。

独ダイムラーやYahoo! JAPANが俊敏性を追求

たとえば誰もが知る「メルセデス・ベンツ」ブランドを展開する自動車メーカーのダイムラーは、PCFを使ってITアーキテクチャーを写真2のように「Value Line(価値が発生するライン)」で明確に分けました。Value Lineより下のレイヤーは、プラットフォームが自動的に管理し、開発者はValue Lineの上にあるアプリケーションの開発に専念できるようにしたのです。Value Lineの下を気にかける必要がなくなるため、創造性や生産性が大きく違ってくることが推察されます。


写真2:ダイムラーでは「Value line(価値が発生するライン)」の位置づけが明確にされている

その効果を数字で具体的に示したのが、Yahoo! JAPANです。2015年からPCFに取り組んできました。現在では2500人の開発者がいる同社は、アジャイル開発はもちろん、PCFを導入することで以下のような効果を実現したと事例セッションで発表しました。

●スピード=アプリケーションの展開までに要する時間が75%に、作業環境手配の所要時間は数週間から4時間に
●スケーリング=環境拡張の所要時間を1週間から5秒に、600K TPS(毎秒処理できるトランザクション処理件数)を実現
●リライアビリティ(信頼性)=ダウンタイムゼロ、VM(仮想マシン)のリカバリーを2時間から2分に
●セキュリティ=パッチ適用の所要時間が1日から4時間に、適用頻度は5倍に
●生産性=3845のアプリケーションが本番システムで稼働

ダイムラーやYahoo! JAPANが開発するアプリケーションは、クラウド時代の新世代アプリケーションであり「クラウドネイティブアプリ」と呼ばれます。柔軟性や接続性、スケーラビリティ、運用性に優れる、アジリティの高いアプリケーションです。事例講演する企業にとってアジャイル開発は、もはや当然のこと。PCFのようなPaaSによってクラウドネイティブアプリを開発する手段を手にし、俊敏性という大きな効果を追求しているのです。

「Development」を「Digital」に変えたシンガポールのDBS銀行

最後にイベント内で示された数多くの事例からDBS銀行の取り組みを紹介しておきます。DBS銀行の元の名称は「シンガポール開発銀行(The Development Bank of Singapore)」ですが、現在ではその「開発(Development)」の“D”を「デジタル(Digital)」の“D”に変えるほどの意気込み、世界の「ベストデジタルバンク」と評価されています。

その背景には、大手テックカンパニーの金融業への参入に対する危機感があったといいます。DBS銀行は「システムアーキテクチャーをテックカンパニーのように変革する」ことをCEO自らが明言し取り組んでいます(写真3)。


写真3:DBS銀行はCEOが自ら変革をリードする

DBS銀行のデジタル変革に向けたジャーニーは2015年にスタートし、2016年からPivotalとの取り組みを始めました。デジタル時代に適した開発文化(アジャイル開発と顧客経験志向)をPivotal Labで学び、合わせて組織再編を含めた行内文化の変革にも着手。PoC(概念検証)を通じて実践を積み重ね、2017年から、その規模を拡大していると言います。歩みの中で、特に重視したポイントは以下の4点とのことです。

(1)アジリティ(敏捷性)
(2)ユーザーエクスペリエンス(顧客体験)
(3)品質とメンテナンスのし易さ
(4)開発者の効率性

これらの実現に向けPivotal Cloud Foundryを採用。「従来6ヵ月だった開発時間を4週間に短縮した。具体的にはリリース時の事前準備が32時間から3時間、作業時間が12時間から2時間に、そして 安定性・メンテナンス性に関してはシステムダウンゼロ」を実現したとのことです。最後の「システムダウンゼロ」に言及の際は会場から拍手が自然発生していました。

文化を変え、開発・実行のプラットフォームを整備しただけではありません。それらを活用してDBS銀行は、世界最大のバンキングAPI(アプリケーションプログラミングインタフェース)のポータルサイトを立ち上げたことで、各種先進的な取り組みに対する賞を受賞。現在ではハッカソンを通じてテック人材を積極的に採用するなど、活発な活動を一層加速させています。

ツールが果たす役割は大きいが、それ自体が重要ではない

以上、Pivotalの概要とPivotalと共にクラウドネイティブアプリ開発に取り組むユーザーの事例を紹介してきました。実現にあたっては、マイクロサービスやコンテナ技術、Kubernetes(クーベネティス)やSpringOneといったツールが果たす役割が大きいのですが、詳細については別稿に譲りたいと思います。

なおPivotal Cloud Foundryと並ぶPaaSである米Red Hatの「Open Shift Container Platform」も同様に、多くのユーザー企業を持ち、各社がアジリティを高める努力をしている事実にも触れておかねばなりません。PivotalかRed Hatかはそれほど重要ではないのです。

大切なことは、ITに限らず、企業文化そのものをアジャイルにできるかどうか。デジタル時代の中で、我々が問われているは、そのことだと思います。

執筆者:菅田 純登(米国富士通研究所)

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