新規事業開発に向けた権限移譲のあり方、信頼とワクワク感が前提に

2018.08.07
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デジタルイノベーションは、テクノロジーをテコにした新規事業開発にほかなりません。新規事業開発に向けては、いくつものメソドロジー(方法論)が用意されていますが、それだけで成功するわけではありません。その過程には、いくつもの障壁が存在するからです。その障壁の1つに「権限移譲(エンパワーメント)」があります。事業開発に成功している企業は、どのように権限移譲しているのでしょうか。

大企業と中小企業では権限移譲の考え方は違うのか

新規事業開発における障壁を乗り越えるための解決策をテーマにしたカンファレンス「QUM Conference 2018」(主催:フィラメント)が東京・日比谷で開かれました。主催者によればQUM(組む)は、「Quest:探求、Unite:連携、Move:行動」の頭文字を取ったもので、社外のパートナーとの連携や支援、すなわち各分野の実践者やスペシャリストなどと“組む”ことが有効な手立てになり得るという考え方を表しています。

QUM Conference 2018では、事業開発の障壁の1つである「権限移譲(エンパワーメント)」をテーマにしたパネルディスカッションも開かれました。

パネラーとして登壇したのは、ヤフーのコーポレートエバンジェリストでYahoo!アカデミア学長を務める伊藤 羊一 氏と、ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス取締役人事総務本部長の島田 由香 氏、平安伸銅工業 代表取締役社長の竹内 香予子 氏、木村石鹸工業 代表取締役社長の木村 祥一郎 氏の4人。ファシリテートは、フィラメントEvent & Media事業本部長の羽渕 彰博 氏が務めました(写真1)。


写真1:「権限移譲」について意見を交わすパネラーたち

パネラーのうち、伊藤氏と島田氏は、ヤフーやユニリーバといった大企業で人材や組織のマネジメントに関わっています。一方で竹内氏と木村氏は、中小企業の代表者です。

竹内氏が社長を務める平安伸銅工業は、突っ張り棒や突っ張り棚のトップメーカーです。最近は女性でも安全かつ手軽に楽しめるDIY商品「LABRICO(ラブリコ)」などの新製品を続々と誕生させています。竹内氏は、父である先代の社長が体調を崩したことをきっかけに、家業の継ぐために平安伸銅工業に入社し、2015年に社長に就きました。

木村石鹸工業は1924年に創業した石鹸メーカーの老舗です。「釜焚き」という職人が手作業で製造する純石鹸など、安心・安全にこだわった商品作りを手がけています。木村氏もまた家業を継ぎました。大企業と中小企業では権限移譲の考え方も変わってくるのでしょうか。

持っている才能を“爆発”させ権限を移譲する

権限移譲できる対象は、どのような人材なのでしょう。これについて竹内氏は「才能爆発の状態にある人」と表現します。才能爆発とは「人に強要されるのではなく、自分がやりたいことに主体的に参加することで、自身の力を最大限発揮できる状態」(同)です。

才能爆発の状態を作り出すために竹内氏は、「“素”を見せていいんだという場を作ることが大事だ」と考えています。この点について伊藤氏も「人は長く生きていると自分の中にルールを作る。才能爆発に向けては、そのルールからも解き放つことが大事だ」と語ります。

島田氏は「幸せを感じることが才能爆発させる。それが結果として、利益や売り上げの向上にもつながる」と強調します。木村氏も「幸せな状態を目指すのは企業にとってもいいことだ。そのためにも、ストレスなど幸せを阻害する要因を取り除きたい」と相槌を打ちます。

ただ竹内氏は「理屈では『やりたいことをすることが大事だ』と分かっていても、事業として考えると、収益という“枠”にとらわれてしまっていると感じる」と心情を吐露します。

この点について木村氏は「収益の点で悩んだことはない。同じことをやり続けても右肩下がりになる状況が見えていたからだ。だから、やりたいことをちゃんとやる。それでダメなら止めても良いと考えていた」と話します。

ピラミッド型にするだけでは権限移譲は進まない

では、才能爆発を生み出す環境は、どのように整備できるのでしょうか。良く指摘されるのは、トップダウン型からピラミット型への組織の変更です。平安伸銅工業も「先代は何事もトップダウンで実行していたが、突っ張り棒はすでにコモディティ商品になっている。新しいモノを生み出す体制に変えていくために、権限移譲による目的達成に適しているピラミッド型に変えた」(竹内氏)と言います。

しかし、単にピラミッド型に変えるだけでは不十分なようです。平安伸銅工業では、新しいことを始める際は稟議書を書くことで責任の所在を明確にしようとしました。ですが、「稟議という“スタンプラリー”の体制になり、現場が疲弊するうえに、お客さまにも迷惑がかかるようになった」(竹内氏)のです。今は「現場が自ら問題を見つけて解決できるよう組織改善に取り組んでいる」(同)ところです。

同様の理由から木村石鹸工業では、新製品の開発時に営業担当者が開発部門に提出していた「開発依頼書」を撤廃しました。開発部門は、その開発依頼書をもって開発の優先順位を決めていました。

撤廃のきっかけは、「新人が出した開発依頼書を開発者が横柄な態度で突っぱねていた」(木村氏)こと。商品開発は「技術と営業が一緒になって開発していくもの」と考えていた木村氏は以後、営業が開発者に直接話し、企画段階から両者が共同で動く体制に切り替えました。

木村氏は、「開発依頼書を撤廃したというよりも、ルールや手続きをなくしたということ。以前は新製品といえば多くて年間10アイテムしか出せなかったが、2017年は50個以上生み出せた。営業担当者も開発者もモチベーションが上がっている」と話します。

信頼関係なしに権限移譲はなし

権限を移譲した後のマネジメントは、どうあるべきなのでしょう。木村石鹸工業では「丸投げしている」と言います。ただ木村氏は「“丸投げ”のイメージは悪いが、信頼し、すべてを任せているということだ。各人が決めていれば、たとえ失敗やミスが起こっても納得がいく。失敗しても、その責任は追及いないが、最後まで逃げ出さないことを求める」と説明します。

ユニリーバの島田氏も「権限移譲の鍵を握るのは“信頼”だ。自分のことが心配だと自信が持てず“枠”をはめてしまう。他人のことが心配でも同様だ。信頼関係があって初めて権限移譲ができる」と指摘します。

そのユニリーバは、新制度「WAA(Work from Anywhere and Anytime:ワー)」を2016年7月にスタートさせ、新しい働き方の活性化に取り組んでいます。島田氏は「長時間労働や残業対策に集中するのではなく『何のために働き方を変えるのか』をきちんと考えなければならない。WAAは、社員を信頼し、豊かな人生を送ってもらうために、働く場所や時間の選択肢を拡げただけだ」と言います。

ヤフーの伊藤氏は「局面によってマネジメントの役割が違うことに最近、気付いた」と打ち明けます。「リーダーのビジョンが不明確な中で権限移譲しても混乱するだけ。最悪なのは『こんなビジョンを持っているに違いない』と忖度してしまうことだ。明確なビジョンが言語化されていないときには、トップが自ら動き行動で指し示す必要がある。有事は“follow me”、平時は“after you”と変える必要がある」(伊藤氏)との考えです。

この考えには、竹内氏も木村氏も同意します。実際、平安伸銅工業では「新商品のチームの立ち上げ初期はマネジメント側が牽引し、徐々に権限を移譲した」(竹内氏)と言いますし、木村石鹸工業でも最初は木村氏が主導する形で新商品開発に取り組みました。「その成功体験が火種になり社内の意識が変わった。それ以後は現場に任せている」(木村氏)と言います。

すべては“ワクワク”から始まる

今回のパネラーは「権限移譲の前提は“信頼”であり、そのためには、それぞれが自信を持って行動できるだけの“ワクワク感”が必要だ」と口をそろえます。

権限移譲といえば、組織論や方法論が先行しがちですが、人が働く以上、ワクワク感は不可欠というわけです。こうした考え方や、その進め方においては、大企業や中小企業といった違いはないと言えそうです。

執筆者:中村 仁美(ITジャーナリスト)

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