印刷業界のシェアリングエコノミーを実現したラクスル、成長し続けるための“3つのC”とは

2017.04.04
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デジタル化の進行と共に“紙離れ”や“本離れ”が広がり、印刷業界や製本業界を揺るがしています。そうした中で「印刷業界のシェアリングエコノミー」を実現したのがラクスルです。インターネット経由で中小企業が顧客に配布する名刺やチラシなどを印刷していますが、同社自身は印刷機を所有していません。急成長を続けるラクスルは、どうやって事業を伸ばしているのでしょうか。

急成長の秘訣の1つには、同社のマーケティング戦略があると言われています。ラクスルの取締役CMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)である田部 正樹 氏が、東京・ビッグサイトで2017年2月に開かれたイベント「イーコマースEXPO 2017」に登壇し、同社のマーケティング戦略について説明しました(写真1)。


写真1:ラクスルの取締役CMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)の田部 正樹 氏

多数の印刷会社と提携し顧客と印刷会社の双方にメリットを

2009年に創業したラクスルの成長率は、「直近3年間で4179%、1年間だと92%」(田部氏)です。同社は印刷機を所有せず、「多数の印刷会社と提携することで仮想的に印刷機を導入している状態を作り、空いている印刷機を使って受注した文書などを印刷する」というシェアリングエコノミーを実現しています。この仕組みにより、例えば名刺なら100部枚を500円など、従来と比べて少ない枚数でも安価に、かつ品質を保っているのです(動画1)。提携する印刷会社も、仮想化のメリットを受けています。印刷機の稼働時間が増えるほか、業務効率の向上、原材料コストや営業コストの削減などが可能になります。

動画1:ラクスルの発注手順を紹介するビデオ

印刷という基本サービスに加え、2年前に2つの新サービスを開始しました。1つは「デザイン作成サービス」。プロがデザインしたフォントに変更する簡単なものから、プロが作成したかのようなデザインが自由に作れるもの、さらにはプロにオリジナルからデザインしてもらうなど段階別のサービスを取りそろえました。

もう1つは「新聞折り込み/ポスティング」のサービスです。配布先をサービスページに表示された地図上で指定すると、配布費用を自動で計算する仕組みも実現しています(図1)。これまでは最小単位でも10万〜20万円が相場でした。ラクスルはこれをインターネットを使って簡略化することで、「約1万8000円でサービスを実現できている。自社でポスティングするよりも“お得”というニーズに応えた」と田部氏は説明します。


図1:「ポスティングサービス」の発注画面の例

成長に向けマーケティングの基本である“3C”を忠実に実行

とはいえ、より良いサービスや商品を作ったからといって、すべてが売り上げに結びつくわけではありません。ラクスルの成長のカギを握るのはマーケティング戦略です。同社の現在の資本金は79億円。2016年度も大きな資金調達を実施しましたが、「調達した資金の多くをマーケティングに使ってきました」と田部氏は語ります。「マーケティングに力を入れ、他社との差異化を図ることでビジネスを伸ばしてきた」(同)というのです。

ラクスルの戦略は「基本に忠実」(田部氏)であること。同社は「3Cのフレームワーク」と呼ばれる手法を採用し、「市場が変化しても常に、このフレームワークに立ち返って整理してきた」(同)のです。“3C”の第1のCは「Customer(市場、顧客)」のこと。印刷産業は縮小傾向にあるとはいえ、今も市場規模は5兆4000億円と決して小さくはありません。その中でネット印刷は年次30%で伸びているものの、田部氏は「まだまだインターネット化は進んでいない」と言います。そうした中でラクスルがブランディングやプロモーションで重視したのが「テレビCM×リアリティ」(同)です。

同社は2年ほど前からテレビCMを積極的に展開しています。そのCMでのこだわりは「登場人物が実際にラクスルの顧客であること」(田部氏)です。「好感度や有名度ではなく、登場人物自身が自分たちで紙のチラシを作って配布しているというリアリティで選んでいる。CMを見た人に“自分ごと”にしてもらうため」(同)が、その理由です(動画2)。

動画2:実在の顧客を登用したテレビCMの例

第2のCは「Company(自社)」です。印刷業界にあってラクスルは「後発のチャレンジャー」(田部氏)です。そこでPDCA(Plan−Do−Check−Action)を早く回すため、マーケティング組織が4人体制と小規模にしました。大きな組織にすると「セクショナリズムが発生し、打ち手が分断されてしまうことを懸念した」(同)ためです。そのうえで、目標設定を個人に落とし込みます。「チームで1つの目標を追うのではなくて、KPI(重要業績評価指標)を1人ひとりに分解し、オーナーシップを持たせる」(同)わけです。

そのうえでモニタリングを徹底します。月単位ではテレビCMの効果など大規模な施策のPDCAを実施。週単位では中小規模のプロモーションの効果測定と方向性の見直し、追加策の検討など、短期施策のPDCAを実施します。そして「最も重視しているのが、毎日のモニタリング」(田部氏)です。施策の動向を日々ウォッチし、日々の目標にまで落とし込み分析します。例えば、セッション数やコンバージョンレート数が想定から大きくかい離していれば「なぜ、そうなったのか」という原因を分析します。日々の原因分析により、早いPDCAを実現しているのです。

第3のCは「Competitor(競合)」です。田部氏によれば「印刷物自体は差異化が難しい商品」です。価格の安さはウリにはなっても、「必ずしも最安値の商品が勝てるわけではない。価格以外の価値を作り出せなければ競合との差異化は図れない」(同)のが実状です。どんな価値を提供するかを決めるには、「市場・競合の中で、どうポジショニングし、どんなブランドイメージを築いていくかの意思決定が必要になる」と田部氏は続けます。ラクスルの場合は、「単に安い印刷ではなく、『誰でもが簡単に印刷できる』という価値を売っている」(同)のです。

3C×4Pで価値を創出し効果を測定

3Cのフレームワークに加え、ラクスルが採用しているフレームワークに「4P(Product、Price、Place、Promotion)」があります。これもマーケティング分野では基本のフレームワークです。この4PによるPDCAを回すことで、「どの施策の効果が高いのか、どの施策の組み合わせが顧客から支持を得られているのか見ることを重視している」と田部氏は語ります。例えば、割引とテレビCMという施策において、「1億円をかけてテレビCMを打つことと、1億円を割引の原資に充てるのでは、どちらが売り上げに貢献できるかをフラットに考える」(同)のです。

こうした取り組みの重要性を田部氏は「プロモーションばかりに力を入れてしまうと、マーケティングは“コストセンター”になり、会社の根本課題を解決できなくなるため」と説明します。ブランディングであれば、PRを兼ねてイベントを開催したり、ブランディングのための資料を作ったりすることが優先されるかもしれません。田部氏は「プロモーションだけではなく、すべてのPの掛け合わせで価値創出と効果測定を実施することが、経営にインパクトを与えるマーケティングの考え方だ」と強調します。

ラクスルの経営ビジョンは「中小企業の仕組みを変えればもっと日本は良くなる」です。田部氏は「印刷・集客のためのサービスを当社が高めていくことで、国内企業の99%を締める中小企業を変えていくことに貢献したい」と語ります。ネットビジネスを成長させるためには、デジタルの理解と同時に、顧客のためを考えることが不可欠なのです。

執筆者:中村 仁美(フリージャーナリスト)

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