楽天のAI活用術、現代の“情報の非対称性”を解消しロングテール事業を支える

2017.06.13
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AI(人工知能)と人間の関係が話題ですが、一部の領域では既に本番環境での利用が始まっています。小売業やサービス業を中心に、LINEのアカウントを通じてチャットBOTが顧客からの質問に対応したり、より最適な商品をAIがお薦めしたりしています。普通に対話していたと思ったら実はAIだったというケースもあるようです。楽天も、そんなAIの活用方法を探りながら、種々の取り組みを進めています。

ビッグデータを操れれば素人でもプロ並の成果を出せる

ECサイトでの物販事業だけでなくクレジットカードなどを含めた金融事業や旅行事業などを手がける楽天。同社は今、AIをどのようにとらえているのでしょうか。それについて、楽天の執行役員で、同社のデジタル技術の研究/開発拠点である楽天技術研究所の代表を務める森 正弥氏が、東京ビッグサイトで2017年5月に開かれた「ビッグデータ活用展」(主催リードエグジビションジャパン)で解説しました(写真1)。森氏によれば、楽天も既に種々の場面でAIを検証しており、その有効性を認めています。


写真1:楽天の執行役員で楽天技術研究所の代表を務める森 正弥氏

森氏が、AIの有効性を示す例として最初に挙げたのが競馬の予想です。楽天は、同社が持つ各種サービスをソフトウェア開発者に公開する「楽天ウェブサービス」を提供していますが、同サービスの活用方法を拡げるために「競馬ハッカソン」を東京の大井競馬場で2015年に開催しました。参加チームは地方競馬を楽しむためのアプリケーション開発を競い合いました。

そのハッカソンで、勝ち馬の予想プログラムを作っているチームがありました。実際のレースで試したところ、3レース中2レースで1着が的中。残り1レースも僅差の2着だったそうです。しかも、この予想プログラムを作ったチームのメンバーは、このハッカソンに参加するまで競馬のことは何も知らなかったのですが、「Random Forest(ランダムフォレスト)」と呼ぶ手法を採用し、こうした結果を導き出しました。森氏は「ビッグデータを上手に活用できれば、全くの素人でも、競馬の専門家に匹敵あるいは、それを越える結果が導き出せる一例だ」と話します。

森氏が挙げる、もう1つの事例が「ロングテール」の分析です。ロングテールは、販売機会が少ないニッチな商品でも、品揃えや顧客の総数を増やすことで総売上高を伸ばす考え方。日雑品から金の仏壇、はしご車までが販売されている楽天のEC事業では、その商材数は1億9000万を超えます。そのため楽天では「販売者もロングテール、購入者もロングテールである」(森氏)ことを重要視し、そこにAI技術を役立てています。

特に最近は、「日本国内の需要だけを見ていては判断し切れなくなっている」(同)といいます。例えば、和歌山県だけに自生している柑橘類の「じゃばら」や甲冑などは市場を世界へと拡げています。こうした従来にない判断を求められるEC事業においてAIの助けは既に不可欠になってきているのです。

現代の“情報の非対称性”をAIで克服する

もう1つ、森氏がAIに期待する領域として挙げたのが「情報の非対称性」です。アダム・スミスが国富論で唱えた『神の見えざる手』について森氏は、「市場での自由な競争が最適な資源配分をもたらすためには、『売る人と買う人が同じ情報を持っている』ことを前提にしている」と指摘。だが、その前提が成り立たないばかりか、これまでの売り手有利が2000年以降、買い手有利へと逆転している」と指摘します。

売り手と買い手が持っている情報量の差は「情報の非対称性」と呼び、これまでは商品を開発/製造したり仕入れたりした売り手が圧倒的に多くの情報を所有していました。それが最近は、買い手のほうが商品について豊富な知識を持っているケースが増えています。森氏は2つの例を挙げました、カメラを購入しようとする顧客は、メーカーの公式ページやパンフレットなどで製品について十分に研究してから量販店に出掛けるため、「店員よりも自分の方が詳しい」と感じてしまいます。病気にかかった際も、ネットで調べてから病院に行くため「医師よりも自分の方が病状をよく分かっている」と考えるのです。

消費者の1人ひとりは、必要な情報をひたすら集められるのに対し、量販店の店員や医師は、様々な顧客や患者に対応するため新たな情報を収集するという面では不利になり、情報の非対称性は逆転してしまいます。こうした「専門家が負けていく」状況を問題視しています。

そこで重要になるのがAIです。例えばワインの販売であれば、同じワインであっても販売店によっては、商品の説明を強調する店舗があれば、そのワインを入手するまでの苦労話を強調する店舗もあります。それがお店の個性になり、一定の顧客層をつかんでいます。これをECサイトで実現するには、顧客が商品を検索してきたときに、自然言語処理(NLP:Natural Language Processing)技術により、商品名の抽出や名寄せ、ノイズの除去などを工夫しなければなりません。森氏によれば、「AIが立てた仮説に基づいて展開したキャンペーンのほうが売り上げが跳ね上がった」ケースが起こっています。

顧客ニーズはますます個別化、人間は枠組みを考える

森氏はさらに、「AIにより“個別化”された需要が浮かんでくる」とも言います。商品の販売量について、膨大なデータに季節性やイベントなどを加味して予測したところ、「父の日とステテコの関連性が高い」「ランドセルは新入学シーズン以外にも売れる時期がある」といったことが発見できたそうです。特に、「リアルタイムに製品や価格帯をチェックしトレンドを見ることはAIの得意分野」(森氏)になります。それにより、「リアルタイムにクーポンを発行したり、ロングテール化したニーズへ対応したりが可能になる」(同)のです。

もちろんAIは万能ではありません。楽天では、マーケッターが顧客ニーズについて仮説を立ててキャンペーン展開するケースと、AIが仮説を立ててキャンペーンを展開するケースを比較しています。キャンペーンの仮説展開を得意とするAIですが、予測できないケースがありました。それは「握手券が付いているアイドルのCDの売り上げ」(森氏)です。「同じCDを複数枚、個人が買うということをAIは予測できなかった」(同)のです。

AIは予測を含め、より多くのデータに基づく対応が可能です。ですが森氏は、「それはあくまでも作られた枠組みの中での話。ビジネスの枠組みをつくるのは人間だ」と強調します。「AIが囲碁で人間に勝つというニュースがありましたが、AIは囲碁を創ることはできません。人は創造性や枠組みを作る力を持っている」というわけです。

ロングテールというキーワードも近頃は、話題に上る機会が減っています。しかし、EC事業などにおいては今もロングテールの需要は決して小さくはありません。多様化、個別化が進むなか、そこを人間が従来通りに判断することは、ますます難しくなっていくことでしょう。人間が対応するのが難しくなってきた分野はAIに任せるといった判断も今後は不可欠になりそうです。

執筆者:奥野 大児(ライター/ブロガー、https://twitter.com/odaiji

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