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イノベーションのためにドイツ企業が見つけた“3つのP”とデザイン思考

2017.01.31
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デジタルイノベーションへの取り組みが重要なことは分かっていても、なかなか企業体質は変わらない−−。こうした傾向は日本企業だけでなく、社会や企業の文化が似たドイツ企業にも共通なようです。しかし、ドイツ最大のソフトウェア企業であるSAPは、IoT(モノのインターネット)分野では先頭を走りつつあります。SAPはどうやって、デジタルイノベーションへの舵取りに成功したのでしょうか。

その秘訣について、SAPが米シリコンバレーに置く研究拠点「SAP Lab」に日本人として初めて赴任した小松原 威 氏から聞く機会がありました(関連記事)。2017年1月13日、東京・千代田区で開かれた「IoTセミナー」(主催:情報通信研究機構と情報通信技術委員会)での『ドイツ企業がシリコンバレーで学んだ本当に大切なこと~デザイン思考による企業変革の道程』と題した講演が、それです(写真1)。小松原氏によれば、その秘訣は“3つのP”と、それにつながる“デザイン思考”にあります。

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写真1:独SAPのイノベーションへの取り組みについて話すSAP Labの小松原 威 氏

企業内の「人・モノ・金」の動きをとらえるERPベンダーから変革

読者のみなさんはドイツのSAP(エス・エー・ピー)という会社をご存じでしょうか。企業で会計や生産、人事といった業務に携わっている方には、説明の必要もないかもしれません。同社は1972年に創業した“老舗”のソフトウェア開発会社で、企業の経営資源である「人・モノ・金」の動きを一元的にとらえるERP(エンタープライズ・リソース・プランニング)パッケージ分野のリーダー企業に位置付けられています。今では、従業員数が8万3000人、時価総額は11兆円と、ソフトウェア業界にとどまらず、ドイツ最大の企業に成長しています。

SAPの2015年度の売上高は2兆6000億円で、2010年年度から倍増しました。しかも、2010年度の売上高の大半はERPビジネスによるものだったのが、2015年度は約6割がERP以外のビジネス、すなわちeコマースやIoTといったデジタルビジネスによるものです。ドイツのIoTといえば政府主導の「Industry4.0」が良く知られていますが、同施策を描いたのは実は元SAPの社長でドイツ工学アカデミー会長を務めるヘニング・ガガーマン氏。SAPはIndustry4.0の主要プレーヤーとして、自らがデジタル化の波を上手く乗りこなしているというわけです。

成功の鍵の1つは、「ERPとIoTの本質は同じ」という点にあると小松原氏は指摘します。IoTではセンサーなどで大量のデータを収集しモノの状況を写し取る“デジタルツイン(双子)”を作り出しますが、ERPにおいて会計や生産、受注といった企業活動を示すデータを一元管理することは、企業のデジタルツインを作り出していることにほかならないからです(図1)。ただ小松原氏は、「IoTそれ自体が目的ではない。デジタルイノベーションで大切なのはビジネスのためのIoTとしての成熟度だ」とも指摘します。「データをつなぎ、ビジネスプロセスを変革し、さらに新しいビジネスモデルを再定義できるかどうかが問われている」(同)のです。

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図1:ERP(エンタープライズ・リソース・プランニング)とIoT(モノのインターネット)の本質は同じ(出所:独SAP)

Industry4.0を理解するうえで重要な点として、小松原氏は「既存ビジネスのIndustry3.0とは非連続なビジネスモデルであること」を挙げます。つまり、これまでのビジネスモデルを、いくら研ぎ澄ましてもIndustry4.0にはならないとの指摘です。だからこそIndustry4.0に代表されるデジタルイノベーションは“破壊的”と呼ばれるわけです。

独本社から離れ米シリコンバレー最大の“外資系”テクノロジー企業に

破壊的イノベーションを可能にするためには、「3つのPが大切である」と小松原氏は説明します。具体的には(1)People=人、(2)Place=場所、(3)Process=プロセスの3つです(図2)。

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図2:破壊的イノベーションで大切な「3つのP」(出所:独SAP)

最初のPeople=人とは「できるだけ異邦人と交わること。社外に全く新しい関係・交流を持つ必要がある」(小松原氏)ということです。オープンイノベーション(共創)の大前提かもしれません。

2つ目のPlace=場所とは、本社など既存の基幹事業を束ねている“城下町”から離れること。「本丸を動かすためには、外部の、なるべく遠い距離から考える必要がある。城下町にいてはダメです。会社のお膝元から物理的に離れることが大事」(同)と断言します。既存の事業部門と新規の事業部門をできる限り離し、既存事業との間に“物理的な壁”を作れというわけです。そこでは、既存事業との“シナジー”や“コラボレーション”といったことも完璧に捨て去らなければなりません。シナジー効果などを重視し追い求めるようになると、既存事業の枠から逃れられず、中途半端に終わってしまうからです。

そしてProcess=プロセスでは、共通言語やフレームワークを作り上げることの重要性を説きます。共通言語やフレームワークといった概念は、ヨーロッパを中心に浸透しているもので、何百年も歴史の中で様々な人種や宗教の問題を抱えながらも生き抜くために育まれてきました。共通言語/フレームワークがあることで、何かを実行する際のスピード感が圧倒的に変わると言います。残念ながら日本では共通言語やフレームワークを確立し経営に採り入れている企業は少ないようです。

これら3つのPをSAPは実践しています。現在、シリコンバレーで働くSAPの従業員数は4000人にまで増え、米国に本社を置かない“外資系”企業としてはトップの存在です。そしてイノベーションの拠点となるSAP Labは、米スタンフォード大学に近いパロアルトにあります。ドイツにある本社から遠く離れた地でイノベーションを起こしているというわけです。

フレームワークとしての「デザイン思考」を全社に適用

そしてフレームワークとしてSAPが採り入れているのが「デザイン思考」です。2003年、SAPの会長だったハッソ・プラットナー氏が、デザイン思考の考え方に衝撃を受け、30億円もの私財を投じてスタンフォード大学にデザイン思考の教育拠点となる「d.school」を設立しました。ここを拠点にSAPは、製品開発や顧客への問題解決手法としてデザイン思考を積極的に採り入れ、2013年からは全社の基本活動にまで拡げています(図3)。

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図3:独SAPにおける「デザイン思考」への取り組みの歴史(出所:独SAP)

デザインといえば、モノの外観を形作るというイメージが強いですし、日本語では「意匠」と訳されます。しかし小松原氏によれば、デザインの本来の意味は「de=否定 + Sign=記号」であり、「既存のモノを破壊すること」(同)です。デザイン思考では「徹底して“人”に焦点を当て、何を求めているかを考える。それが大きな差異化要因につながる」といいます。一般に私たちは、問題や質問に対する答えを直ぐにだそうとしがちです。しかし重要なことは、「Problem Solving=課題解決ではなく、Problem Finding=課題の発見にある」というわけです。小松原氏は「答えの価値は下がっている」と強調します。

デザイン思考については、シリコンバレーでは高校で授業を受けるため、スタートアップ企業に属する人たちもデザイン思考は得意なようです。そのためシリコンバレーでの事業プレゼンテーションでは「最初に解決したい課題を宣言する。この課題に共鳴が得られるかどうかが重要で、解決策の出来不出来は二の次」(小松原氏)なのだそうです。そのうえで、実行することに価値を見いだします。実行とは「挑戦し続けること。プロトタイプの文化の背景には、圧倒的な挑戦の数があり、幾多もの試行錯誤の積み重ねがある」(同)のです。

失敗には2種類あると小松原氏は指摘します。1つはミスを犯すことと、それを恐れるマインドセット。もう1つは、機会を逃すことと、それを恐れるマインドセットです。ミスを回避し続けることが成功につながり、成功の機会を逃し続ければ大失敗になるということです。こうした状態に陥らないためには、「危機感だけでは変われない。問題を自らが作り出し、それを楽しんで解くことが大切」(小松原氏)なのです。小松原氏は「みなさんの“問題”はなんですか」と言って講演を終えましたが、読者のみなさんの“問題”は何で、解を見つけることを楽しんでおられるでしょうか。

執筆者:漆畑 慶将(ITジャーナリスト)

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