現金もクレジットカードも不要に?米国の日常生活に浸透する新しい決済の姿

2016.08.02
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日本が現金社会なのに対し、米国はクレジットカード社会だと言われてきました。その米国では今、モバイルアプリケーションを前提にした各種の新しいサービスが普及するなかで、クレジットカードを利用する機会が減ってきています。現金もカードも持ち歩く必要がないというわけです。デジタル時代の消費者の動きに合わせビジネスを拡大するには、支払いや決済の方法も大きく変わろうとしています。

新しいサービスの登場に大きな危機感を抱き、戦略の変更を迫られているのが大手の金融機関です。米ニューヨークで2016年1月に開催された全米小売協会の年次カンファレンス「Retail’s BIG Show 2016」の基調講演に登壇したクレジットカード大手America Express(アメックス)のCEOであるKenneth Chenault氏は、同社の危機感を次のように語っています(写真1)。

「今後重要になるのはデジタルへの取り組みであり、現在の収益の90%を占めるクレジットカードではない。デジタル化への対応は、現在のプラスチックのカードの収益を破壊するが、これに取り組まなければアメックスが死ぬことになる。当社は、すべてのチャネルを介して顧客に訴求することに注力しており、その施策に対し、顧客の生活そのものを変えているモバイルを組み込まなければならない。だからこそUberやAirbnb、AmazonやFacebookといった企業とパートナーシップを結び、彼らのモバイルアプリケーションに支払い機能を統合させている。カードそのものがなくなっても、デジタルビジネスの中にAmerican Expressブランドが見えるようにしていく」。

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写真1:「Retail’s BIG Show 2016」の基調講演で話すAmerican ExpressのKenneth Chenault CEO

支払いという行為へのイノベーションが起こっている

さらにアメックスの Chenault氏は、「Uberをみれば、利用者がお金を支払っているとは思わないぐらい、支払いという行為に対しイノベーションを起こしていることが分かる」とも語っています。Uberなど米国発の新しいサービスが、決済領域でどんなイノベーションを起こしているというのでしょうか。それぞれでの支払い方法をみてみましょう。

Uber:移動サービスにおける支払い行為は本質的ではない

Uber」は、個人が所有・運転している車を、別の人がタクシーのように利用できるようにしたモバイルサービスです。類似サービスの「Lyft」などもサービス範囲を広げています。日本では法規制の影響もあり、米国のようなサービスはまだ提供されていませんが、UberやLyftの登場により米国では大手タクシー会社のYellow Cabが倒産を予告するなど、タクシーに代わる交通インフラとしての地位を確立しつつあります。

Uberのアプリケーションでは設定時に、個人アカウントに支払い情報としてクレジットカードを紐付けておくことで、毎回のサービス利用時にはドライバーとの間で“支払い”という行為は発生しません(動画)。見知らぬドライバーの前で現金や財布を見せなくて済むという安心感がUberをヒットさせた要因の1つだと言われていますが、クルマでの移動というサービスの利用者にとって、本質的ではない、すなわち価値を伴わない“支払い”という行為の煩わしさを省いているとも言えます。

動画:Uberのアプリケーションの操作方法

Airbnb:世界のいかなる場所、いかなる通貨でも同じ仕組みで決済

Airbnb」は、空き家や空き家をもつ人と宿泊場所を求める人とをマッチングする米サンフランシスコ発の新しいサービスの1つです。日本でも最近、“民泊”サービスの提供者として目にしたことがあるかもしれません。Airbnbでも、アカウントにクレジットカード情報を事前に紐付けておくことで、実際の宿泊予約や宿泊時には支払いというプロセスを不要にしています。

これはUber同様の安心感もありますが、宿泊という顧客体験特有の不便さも解消しています。例えば、宿泊先によっては特定のクレジットカードしか使えなかったり、あるいはカードが全く使えないということがあります。地域によってはカードの不正利用といった経験をお持ちの方もいるでしょう。また、世界のいかなる場所、いかなる通貨でも同じ仕組みで決済できるのもAirbnbの強みです。つまりAirbnbは、宿泊という行為において支払い・決済がもたらす顧客の不便さを解決しているのです。

Amazon:欲しいものを声に発するだけで注文が完了

日本でも利用者が多いECサイト大手のAmazon。同社は米国では様々なデバイスやインターネットサービスを積極的に展開しています(関連記事『デジタル化の歩みを止めない米Amazonの凄み、フロントからバックエンドまで』)。2016年7月時点で日本では未導入な仕掛けの1つに「Amazon Echo」があります(動画2)。

動画2:Amazon Echoの紹介動画

Amazon Echoは、クラウド上に存在する人工知能(AI)を使って、消費者の要望や質問に応じて、音楽を流したりカレンダーに登録されている予定を教えたりができます。当然、AmazonのECサイトとも連携しており、音声だけでAmazonの商品を購入できます。ECサイト上でクレジットカードを登録しておけば、Amazon Echoでは支払いという行為は発生しません。ECサイト上で、商品を検索し買物カゴに入れてから購入ボタンを押すという1連のプロセスが、Amazon Echoに話しかけるだけで実現するのです。2016年3月には「Echo Dot」という携帯型の製品も発売しています。

米国の日常生活に溶け込んだ新しい個人送金が背景に

支払いという行為が限りなくサービスに組み込まれていく背景には、現金を多く持ち歩かない米国の生活においてモバイルによる個人間送金が広く浸透していることもあります。日本でも、小口の小売り決済で知られている米Squareが提供する個人間送金用のモバイルアプリ「Square Cash」が、その一例です。アプリの登録時に、自分の銀行口座を紐付けることで、手数料なしに個人間の送金が可能になります(動画3)。

Square Cashのユーザーインタフェースと、その機能は非常にシンプルです。相手に対し「お金を送金(PAY)する」と「支払いを要求(REQUEST)する」の2つのメニューがあります。米国では2013年からサービスが始まっており、離れたところに住んでいる知り合いに送金するほか、複数人で食事をした際に割り勘にするといった場面で非常に良く使われています。

動画3:Square Cashの紹介動画

ほかにも「Venmo」というSNS(ソーシャルネットワークキングサービス)の特性を持ったアプリケーションも人気を博していますし、SNS大手のFacebookが提供するメッセージングソフト「Messenger」にも支払い機能が備わっています。これら個人間送金のモバイルアプリは米国では幅広く浸透しており、日常生活に欠かせないインフラになっているのです(写真2)。

いかがでしょうか。このように米国ではクレジットカード社会から、モバイル決済、さらにはUberやAirbnbといったデジタルプラットフォームを提供する企業のサービスの中に、支払い行為が取り込まれようとしています。このことは、冒頭のアメックスのような決済サービス事業者にすれば、支払時に自社のクレジットカードを使ってもらうためのカードの大量発行というこれまでの戦略が崩れていくことを意味します。

決済サービスは今後、小売業や社会インフラなど異業種での新しいサービスの動きとの連動をますます強めていくことでしょう。金融業だから、サービス業だからといった業種の垣根を越えて、ビジネスに携わる限り、新しい製品・サービスの動向にアンテナを張る必要があるようです。

執筆者:石井 宏明(富士通総研シニアコンサルタント)
2006年富士通入社。2007年富士通総研へ出向し財務報告分野の業務・ITコンサルティングに、 2014年Fujitsu Laboratories of AmericaにてBusiness Analystとして米国の最新ビジネス動向調査・事業開発に、それぞれ従事する。2016年4月より富士通総研へ出向し、クロスボーダーでの市場調査および事業開発支援コンサルティングに携わっている。

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