IIoTでGEと競う独シーメンス、「Digital Enterprise」で設計完了から5分後に製造に着手

2017.06.06
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ドイツの戦略プロジェクト「Industry 4.0」への関心が製造業を中心に日本でも高まっています。同プロジェクトの中核メンバーの1社が独シーメンスです。IIoT(Industrial IoT)分野の先行企業である米GE(General Electric)と並び、電力関連や交通、医療、防衛、生産設備、家電などを手がける巨大な製造業としてデジタル化を進めています。シーメンス自身はIndustry 4.0の流れの中で、どんな取り組みを実施しているのでしょうか。

マイスター(匠)の力を失わずに競争力を強化する

Industry 4.0の狙いは、ドイツの産業界の生産性を劇的に向上させることです。各国の産業力を測る指標の1つにGDP(国民総生産)があります。ここ20年間に、GDPを伸ばしている国の1つが中国であることはがよく知られていますが、実は同時にGDPを最も伸ばしているのは米国です。そこに危機感を抱いたドイツが始めたのがIndustry 4.0なのです。

このIndustry 4.0の中核メンバーである独シーメンスの日本法人の専務執行役員、島田 太郎 氏(デジタルファクトリー事業本部/プロセス&ドライブ事業本部 事業本部長)が、東京ビッグサイトで開かれた「IoT/M2M展(主催リードエグジビションジャパン)のセミナーに2017年5月12日に登壇し、Industry 4.0の最新動向と同社の取り組みについて講演しました(写真1)。


写真1:独シーメンス日本法人の専務執行役員でデジタルファクトリー事業本部/プロセス&ドライブ事業本部 事業本部長を務める島田 太郎 氏

Industry 4.0が、それを実現するためのテコに位置付けているのはデジタル技術です。島田氏によれば、「ドイツ人は、米国の成長をもたらしたのはデジタルの力だととらえている」のです。さらに、デジタル技術の活用とともに重視しているのが「長時間働かずに産業界の競争力を強化すること」(島田氏)です。ドイツの産業界は既に高い生産性を実現しているのです。GDPを国民1人当たりの労働時間で割った数値では、トップはドイツであり、米国が2位です。にもかかわらずドイツは、Industry 4.0により、さらに生産性を高めようと国を挙げて取り組んでいるのです。そこではドイツが誇る「マイスター(匠)の力を失わずに」(同)という条件も付いています。

グローバル市場におけるドイツの競争力強化の柱として島田氏は次の3つを挙げます。(1)製品を市場に早く出すこと、(2)製品を顧客の好みに合わせて提供すること、(3)製品をコストミニマムで提供すること、です。第3のミニマムコストについては永遠のテーマかもしれませんが、第1の市場への早期投入について島田氏は、「単に製品の投入スピードを上げるだけでなく、現在の市場に存在しない製品を一早く提供することが大切だ」と主張します。

第2の顧客の好みに合わせる点については、マスカスタマイゼーションのトレンドと同じとした上で、「それを時間をかけずに実現することが大切だ」(島田氏)と言います。日本では顧客指向といえば“おもてなし”が差異化点に挙げられますが、島田氏は「日本の“おもてなし”は時間をかけて実現されており、それではダメなのです。モジュラー化と標準化を進め、ミニマムコストで製品を提供しなければ競争力は強化できない」と指摘します。

すべての製造現場にデータを供給するバックボーンを提供

Industry 4.0への取り組みにおいて、シーメンスが取り組んでいるのが、「すべての製造現場にデータを供給するバックボーンをつくること」(島田氏)です。具体的には、製品の設計から製造準備、製造設備の設計、製造、保守・運用などのサービスまで、すべての業務に関する情報を一元的に入手できるようにするのが目標です。その対象はシーメンス自身にとどまらず、同社の顧客である多くの製造業を含みます。

製造現場のバックボーンになるのが「Digital Enterprise」です 。大きく(1)PLM(Product Lifecycle Management:製品ライフサイクル管理)ソフトウエア製品、(2)MES(Manufacturing Execution System:製造実行システム)/MOM(Manufacturing Operations Management:製造オペレーション管理)ソフトウエア製品、(3)シーケンサやコントローラなど工場の製造ラインで稼働する機器の制御を統合自動化する製品の3領域の製品群で構成されます。これらを連携させることで、設計から製造までのプロセスを短縮し、製品の投入速度の向上を図ります(動画1)。

動画1:「Digital Enterprise」の紹介ビデオ

一般に、これらの製品群はこれまで個別に運用されており、連携していませんでした。またPLMやMES/MOMを担当するIT部門は、工場内のシーケンサなどには関与していないのが現状です。これらを連携するためのカギを握るのがBOM(Bill of Materials:部品表)です。シーメンスではPLMが管理する設計データにBOMを生成する情報を持たせ、PLM側で生成したBOMをMESへ受け渡す機能を開発しました。この仕組みを実装した同社のアンバーグ工場では、「製品の設計が完了すれば、その5分後には工場で製造を開始できる」(島田氏)ようになりました。島田氏によれば、このPLMとMESの連携は「航空業界で先行している。英ロールスロイスは製品の市場投入までの時間を30%削減している」そうです。

さらにシーメンスは、工場の立ち上げや製造設備の運用・保守などにもデータの活用を始めています。現実世界をデジタルの世界に再現し、そのデジタルな世界をシミュレーションすることで最適解を現実世界に戻す「デジタルツイン」と呼ぶ考え方に基づく取り組みです。設備の予防保全に役立てたり、工場をリニューアルする際の設備・経路情報を精緻に収集したりすることで、製造現場を短期間かつ低コストでの強化・改善できる仕組みの構築を急ぎます。

デジタルツインの核になるのが、工場や生産ラインの設計に用いた3D(3次元)CAD(Computer Aided Design:コンピューターによる設計)のデータです。このデータを使ってシーメンスは、工場を新設する前に、工場内の製造設備や製造した製品の動きをシミュレーションしています。そうして工場の新規ラインの立ち上げ期間を短縮させようというわけです。

IoTで収集したデータを活用するためのインフラを安価に提供

当然、IoTにも積極的に取り組んでいます。シーメンスがIoT活用で重視しているのは「専用技術ではなく、汎用技術を使うこと」(島田氏)です。そのため同じドイツのソフトウェアベンダー大手のSAPが開発・提供するデータ分析環境である「SAP HANA」を使って、IoTのデータを収集・分析するためのオープンなクラウドプラットフォーム「Synalytics(シナリティクス)」を開発(動画2)。自社での使用に加え、他社にも提供を始めています。

動画2:独シーメンスが提供するIoTプラットフォーム「Synalytics(シナリティクス)」の紹介ビデオ

Synalyticsの利用料金は、使った分だけ支払う「Pay-per-use」という仕組みになっており、「月々数千円で始められる」(島田氏)といいます。安価に設定しているのは「データは分析しないと価値を生まない」(同)ため。一企業が自前でデータを収集・分析するためのインフラを用意すると膨大な費用が発生します。シーメンスは、Synalyticsを用意することで、顧客企業にもIoTによるデータで収集と分析、そして分析結果に基づく業務改善へと、顧客のデータ活用を後押ししたい考えです。

実際、スペインの鉄道会社RenfeがSynalyticsを導入し、「99.9%の定時運行を達成することで、それまで飛行機を使っていた旅客を列車に切り替えさせることに成功した」(島田氏)といいます。加えて島田氏は、「99.9%の定時運行と聞けば、日本の列車も実現できていると反論されるだろう。だが、先にも指摘したように、日本はその運航率の達成に多くの時間とコストを掛けてきた。それがデジタルの力によって、あっという間に実現できるようになった。この変化を強く認識しなければならない」と指摘します。

日本の製造業の強みは、製造現場で働く人々が改善を積み重ね、それを生産ノウハウとして高めてきたことにあるのは間違いありません。マイスターにより競争力を維持してきたドイツも共通したアプローチだと言えるでしょう。そのドイツは今、製造プロセス全体をデジタル化することで、さらなる生産性の向上を図ろうとしています。シーメンスをはじめとするIndustry 4.0のチャレンジが今後、どのような成果を生み出すのかに注目すると同時に、日本企業としてデジタル化にどう取り組むかを今一段、考える必要がありそうです。

執筆者:小林 秀雄(ITジャーナリスト)

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