英ARMの3兆円買収の衝撃、ソフトバンクのM&Aにみるパラダイムシフト

2016.08.25
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ソフトバンクが英国の半導体大手ARM(アーム)ホールディングスを買収するというニュースには誰もが驚かれたことでしょう。IoT(モノのインターネット)時代を見越した買収であるということに加え、買収額が約240億ポンド(約3兆3000億円)と同社のM&A(企業の統合・買収)史上最高だったからです。しかし、ソフトバンクの成長においてM&Aは切っても切れない戦略であり、その陰には孫氏を支える参謀の存在も見え隠れします。改めてソフトバンクのM&Aを振り返ってみましょう。

ソフトバンクの起源は、現会長の孫 正義 氏が東京千代田区で1981年に立ち上げた日本ソフトバンクです。佐賀県で1957年8月に生まれた孫氏は、16歳の時に渡米し、カリフォルニア大学バークレー校の経済学部に入学。留学中に科学雑誌に掲載された米インテル製マイクロプロセッサの写真に衝撃を受け、コンピューターの急速な進化と普及を確信し、事業家になることを決意したといいます。大学卒業後、帰国して立ち上げたのが日本ソフトバンクというわけです。

当時は、個人がようやくPCを購入しプログラミングを楽しみ始めたころ。そこに日本ソフトバンクは、PC用パッケージソフトウェアなどの卸売り事業を立ち上げると同時に、ユーザー啓蒙の一環としてのPC雑誌『Oh! PC』を出版していました。メーカーによる仕様の違いなどもあったため、PC雑誌もメーカー別に展開されていたほどです。

日本ソフトバンク企業の背景にもあるように、ソフトバンクの成長戦略は「タイムマシン戦略」とも呼ばれます。米国などで次の時代を生みだすテクノロジーの“種”を見いだしては、そこに投資し、それを欧米市場に拡大してから日本市場に持ち込むという、テクノロジー普及に伴う“時差”を最大限に利用するからです。コンピューターのテクノロジーが主に米国発で誕生することと、その導入に慎重ながらも市場規模は大きい日本に最適化した方法かもしれません。

PCソフト流通からインターネット分野に進出

1990年代のソフトバンクによる主なM&Aを挙げたのが表1です。

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表1:1990年代のソフトバンクによる主なM&A

表1を見ると、90年代前半はまだPC事業に軸足があることが分かります。94年に米国のPC関連の大手出版グループのZiff Communicationsから展示会部門を買収。翌95年には当時、世界最大規模のコンピューター見本市だった「COMDEX(コムデックス)」の運営部門に資本参加しています。96年には雑誌『「PC WEEK」の出版元である米Ziff-Davis Publishingを買収しています。

毎年、米ラスベガスで開かれていたCOMDEXには多くのメーカーが最新のハードウェアやソフトウェアを出展し、企業や個人に向けてPCの新たな使い方を提案していました。米マイクロソフトが「Windows 95」を投入し、日本では発売日の深夜に発売イベントが開かれ多くの人が押し寄せるという現象もありました。

それが90年代後半からM&Aの対象はインターネットへと傾注していきます。96年、米Yahooの筆頭株主になったほか、日本におけるインターネット時代の先駆けとなるヤフーを米Yahoo!との共同出資で設立しました。これらのM&Aをお膳立てしたのは、94年に米国に設立した米SoftBank Holdiongsです。

ただ、同年に世界で圧倒的なシェアを持っていたメモリーベンダーであるKingston Technologyを15億ドル強で買収したことは、特異と言えるでしょう。コンピューターと、その周辺機器市場が拡大し、メモリー需要が大幅に伸びると見込んでのことです。ですが99年、同社の創業者に約4億5000万ドルで売却し、約6億ドルの売却損益を計上しました。90年代前半のPC中心、すなわちハードウェア中心の考えから、まだまだ抜け切れていなかったのかもしれません。

このインターネット黎明期に、ソフトバンクの指南役を務めたのが、95年に野村證券からスカウトした北尾 吉孝 氏です。常務としてソフトバンクの急成長をファイナンスの面から支えました。2005年に取締役から退き、SBIホールディングスのCEOとしてファイナンス事業に専念しました。同氏については、ライブドアの堀江 貴文 氏が05年に仕掛けたフジテレビ買収の際のホワイトナイトとして、ご記憶の方もいるでしょう。

ブロードバンド時代に入り通信事業者へ

表2は、2000年代のソフトバンクによる主なM&Aです。

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表2:2000年代のソフトバンクによる主なM&A

このころに、現在のソフトバンクの主力事業である通信事業に舵が切られました。01年に、ソフトバンク ネットワークスの子会社だったBBテクノロジーがブロードバンドの商用通信サービス「Yahoo! BB」を開始し、ブロードバンド事業へ本格的に乗り出します。翌02年にはIP電話サービス「BBフォン」も開始しています。ブロードバンド普及に向けては、接続用の専用モデムを街頭で無料配布するといった手法を採り入れ大きな話題になりました。今でこそ珍しくはない「ハードウェアは無料、インターネットの利用料で収益を上げる」というビジネスモデルを投入したわけです。

そのうえで04年に日本テレコムを子会社化して固定通信事業に参入。06年には、世界最大の携帯電話事業者だった英ボーダフォングループから日本法人の株式を公開買い付けなどにより1兆7500億円で取得し子会社化すると同時に、社名をソフトバンクモバイルに変更しました。インターネット接続事業を核に、電話による音声通信や携帯電話事業まで手がける総合的な通信サービス事業者になったわけです。ソフトバンクモバイルは15年、ソフトバンクBBとソフトバンクテレコム、Yモバイルを吸収合併し、現在のソフトバンクに社名変更しています。

この頃ソフトバンクは、中国市場への足がかりも築いています。05年、中国のEC(電子商取引)大手アリババの日本法人と中国における戦略的パートナーシップ構築を合意。08年には日本法人を合弁会社化しました。中国アリババは2016年時点、流通総額は4850億ドルで、米ウォルマートや米コストコ、仏カルフールを抜く世界最大の小売流通業者に成長しています。同社創業者の馬 雲(ユン・マー、ジャック・マー)氏は07年にソフトバンクの取締役に就きました。

2000年代のM&Aでの異色は、05年の福岡ダイエーホークス(現福岡ソフトバンクホークス)の子会社化でしょう。これは、個人を対象にしたインターネット通信事業の拡大に向けて、ソフトバンクの認知度向上のための広告宣伝効果を狙うとともに、コンテンツの充実を図るためだとされています。

このころのソフトバンクの指南役は、旧富士銀行の元副頭取だった笠井 和彦 氏です。同氏は2000年に孫氏に懇願されて取締役に就任。ブロードバンドから固定通信、携帯事業といった通信事業に投資を集中させました。福岡ソフトバンクホークスの球団社長を9年間務めてもいます。

モバイルをテコにグローバル企業に

2010年代のソフトバンクによる主なM&Aをまとめたのが表3です。

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表3:2010年代のソフトバンクによる主なM&A

ソフトバンクにとって2013年は大きな節目の年と言えそうです。まずインターネットや移動体通信事業を手がけていたイー・アクセスや、PHS事業者のウィルコム(旧DDIポケット)を子会社化しました。これでソフトバンクグループの総契約数は約3900万件になり、au(KDDI)を上回る通信事業者になりました。

さらに、米国通信業界3位のSprint Nextel(現Sprint)の株式の7割を約1兆5700億円で戦略的に買収することで、売上高で世界3位になりました。元々は米国4位のTモバイルUSも併せて買収し世界1位を狙っていましたが、この計画は米連邦通信委員会から待ったが掛かりました。ただスプリントは経営不振が続き、15年にはTモバイルUSに売上高で抜かれています。

この時期、ソフトバンクの国内通信事業を牽引したのが、現社長兼CEOの宮内 謙 氏です。1984年に入社し、88年に取締役に就任後は、ソフトバンクBBの副社長のほか、ボーダーフォンやソフトバンクテレコム、ソフトバンクモバイルなどグループ各社の副社長を歴任してきました。2015年にはソフトバンクモバイルの社長兼CEOに就いています。

一方、海外展開に向けて孫氏が招いたのが、米Googleの元シニアバイスプレジデントだったニケシュ・アローラ氏です。2015年、グローバル化や事業領域の拡張、国際ファイナンスにおける指南役としてソフトバンクのバイスチェアマンに就任(後に副社長)。海外のインターネット関連企業への投資を拡大していきました(表4)。eコマース関連や配車サービスのほか、民泊へつながるオンラインのホテル予約や昨今話題のFinTechがらみへも投資しています。ただ「孫氏の後継者」とされていたアローラ同氏は2016年、孫氏の社長業続投表明により、たった2年でソフトバンクを去りました。

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表4:ソフトバンクによる最近の海外投資の例

グローバルなIoT時代にタイムマシン戦略は通用するか

そして、2016年7月、衝撃的な英ARM買収に動きます。それに先行し、16年6月にはアリババ株の一部を約100億ドルで売却。13年に買収したゲーム会社であるガンホー株の9割と、フィンランドのスーパーセル株のすべてをそれぞれ730億円と102億ドルで売却しています。いずれも、ソフトバンクの財務体質の強化やグローバル企業へ変革するための取り組みと説明されていましたが、ARMの買収資金に充当されたわけです。

ARMは、消費電力が少なく組み込み用途などに向くプロセッサの知的財産を保有し、製造を委託するほか、各社にライセンス提供しています。既に、携帯電話やゲーム機、自動車、家電製品などに採用されており、IoT時代になれば、より幅広い製品に採用されると期待されています。孫氏は、IoT時代のソリューションについて、「幼少期からの夢」とし「実現したいクレージーな構想」と語っています。古くはKingstonというハードウェア事業からの撤退、最近ではSprintというグローバル事業の低迷と、必ずしも成功ばかりとは言えないソフトバンクのM&A戦略。ARM買収が吉と出るのか凶と出るのか、いましばらくはソフトバンクの出方と市場の反応を見守るしかなさそうです。

執筆者:大友 愛子(Digital Innovation Lab)

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