ベンチャー育成はお金から人材中心に、プロジェクト体制まで作り上げるStartup Studioが台頭

2016.10.04
リスト
このエントリーをはてなブックマークに追加

「Startup Studio」と呼ばれるベンチャー企業の育成モデルに注目が集まっています。これまでベンチャー企業育成といえば、「ベンチャーキャピタル(VC:Venture Capital)」や「アクセラレーター」「インキュベーター」といったプレーヤーが活躍してきました。彼らとStartup Studioは、何が違うのでしょうか。

当サイトでも度々紹介しているように、デジタル時代のサービスビジネスの先兵はベンチャー企業です。彼らが生みだしたサービスの中から、利用者ニーズにマッチしたものが選ばれ利用者層が広がっていきます。すると多くの企業が同様のサービスを開始し新たな競争が生まれることで、サービス内容がさらに向上していくという循環が生まれるのです。最近では、大手企業も自らがサービスを生みだそうと取り組み始めていますが、ベンチャー企業の“スピード感”には、まだまだ叶わないのが実状でしょう。

ハイリターンを狙うベンチャーキャピタル

ただベンチャー企業も単独でビジネスを立ち上げ市場を切り拓いているわけではありません。資金提供をはじめ、彼らの起業を支援する組織が、いくつもあります。それが、VCやアクセラレーター、インキュベーターです。日本ではVCの未整備が指摘されるほか、アクセラレーターやインキュベーターとも明確には区別されていないかもしれません。

ですが海外でVCといえば、成長が見込める未上場企業に対し、ハイリターンを狙って投資する投資ファンドを指します(図1)。投資額も100万ドル以上が一般的です。例えば米国には、VCが約790社あり、2015年には米国全体で4380の案件に対し合計計588億ドルを投資しています(米PwC 調べ)。そのVCが集中している地域が西海岸のシリコンバレー。2015年にはシリコンバレーだけで、370のVCが1333の案件に合計273億ドルを投資しました。

StartupStudio_1
図1:ベンチャー企業を支援するプレーヤーの位置付け

これに対しアクセラレーターは、少しの株式と引き換えに少額の投資を実行します。投資額はVCの50分の1程度です。「バッチ式」といって一度に複数社に投資するアクセラレーターが大半で、5社から多いところでは100社にまとめて出資し同時に育成します。多数のベンチャー企業に一斉に投資するため、1社に掛けられる時間に限りがあり、教育プログラムの提供期間も決まっています。ただアクセラレーターにはコミュニティの要素もあり、いわゆる“同期”のベンチャー企業と対話ができたり、同じアクセラレーターが支援した先輩や後輩の経営者と知り合ったりができます。

インキュベーターになると投資額はさらに小さくなります。半面、経営アドバイスや資金調達のための投資先の紹介など、ベンチャーが企業として運営していくのに必要な分野へ橋渡しをするという機能を担っています。ベンチャー企業の側からみれば、まずはインキュベーターの支援を受けてアクセラレーターを見つけ出し、その勢いをもってVCから多額の資金を調達するという流れが1つの理想像だと言えるでしょう。

しかし、VCのハイリターン型の投資スタイルやアクセラレーターのバッチ方式にみられるように、彼らの立ち位置は、できるだけ多くのベンチャー企業を発掘し、その中から数少ない成功例をつかみ取ることにあります。VCの世界では「3K」といって1000社中3社でも大成功すれば上出来とされていますし、アクセラレーターの世界には「Spray and Pray」すなわち「スプレーを撒くように投資して後は結果を祈るのみ」という言葉もあります。つまり、投資効率が高い世界ではないわけです。

プロダクトを会社に変えるのが目標

そうした中で、新たな支援組織として台頭してきたのがStartup Studioです。シリコンバレーでは、トップインベキューターである米500 StartupがStartup Studioとなる「500 lab」を設立したほか、米配車サービス大手のUber Technologiesの共同設立者である米Garrett Campも、Startup Studioの米expaを創設しています。この動きはグローバルに広がっており、英ロンドンや独ベルリン、そして日本などで既に80以上のStartup Studioが活動しています。日本のStartup Studioには、“共同創業”をコンセプトに掲げるMistletoeや、米TBWAと博報堂の合弁会社であるTBWA/HAKUHODOから分社したQuantumがあります。

Startup StudioがVCやアクセラレーターなどと最も異なるのは、ベンチャー企業として不可欠な、エンジニア、デザイナー、起業家のそれぞれを、その企業内に育てることです。そのために、エンジニアリングやマーケティング、人材育成、マネジメントなど様々なノウハウを駆使して、より深くかかわり、ベンチャー企業を一緒に立ち上げていきます。Startup Studioの1社である米laicosは、Startup Studioを次のように定義し、必要な機能要素を挙げています。

定義:
仕組みを繰り返してプロダクトを会社にすること目指す

機能要素:
(1)アイデアの選別/審査と同時に複数プロダクトを開発
(2)プロダクトのアイデアに適した人材を選んでコアチームを組成する
(3)CFO(最高財務責任者)や法律担当、税務・公認会計士など、バックオフィスのリソースを共有する
(4)プロダクトの成長のためにStartup Studioのネットワークを活用する
(5)Startup Studioにフルタイムで働くデザイナー、開発チーム、マーケティングのスタッフをアサインする
(6)Startup Studioとベンチャー企業とで株式を分け合う

このようにStartup Studioは、製品/サービスのアイデアレベルにある“若い”起業家の卵の段階から、彼らの成長をサポートします。さらに、その過程で得た経験や知識を蓄積することで、他の支援先へもスピーディーに支援内容を伝達し、実行できるようにします(図2)。優秀なアイデアを持つ起業家がいても、ノウハウや経験がないために上手く事業化できない場合は少なくありません。こうした支援をVCやアクセラレーターは提供できていなかったのです。

StartupStudio_2
図2:Startup Studioである米laicosのビジネスモデル (出所:米laicosの自社紹介スライド、http://www.slideshare.net/RyanJNegri/laicos-pitch-deck-june-2015)

また、アクセラレーターらが持っていた“場”の機能も提供できます。アイデアを形にできないという同じような課題を持つ起業家たちに対し、起業ノウハウの提供/共有を図るのですから、起業家同士がアイデアを出し合ったり、他の起業家にアイデアを提供し、その実現を委ねたりなど、技術や知識を分かち合うことで事業化の確率が高まる可能性もあります。その意味では、従来のアクセラレーターやインキュベーターに“共創=オープンイノベーション”の概念を採り入れたのがStartup Studioだと言えるかもしれません。

経営に関するノウハウ供給では日本企業に向いている?!

Startup Studioは既に実績を上げています。画像共有のソーシャルネットワークである「Flickr」や、タスク管理の「Trello」、企業向けチャットシステムの「Slack」などが、Startup Studioから生まれています。そして、日本でも「つぶやきサービス」として知られる「Twitter」もStartup Studio発のサービスです(図3)。

StartupStudio_3
図3:Startup Studioによる成功例(出所:米laicosの自社紹介スライド、http://www.slideshare.net/RyanJNegri/laicos-pitch-deck-june-2015)

ベンチャー企業が活躍する機会は今後も増えるでしょうし、デジタル変革の牽引役としての役割も高まっていくことでしょう。そうした中で日本企業は、デジタル変革には慎重過ぎるとも指摘されてきました。しかし、ハイリターン型のVCの支援モデルへの反省として登場したStartup Studioの支援モデルの台頭は、様々な人的/技術的なリソースを持つ日本企業にとって、新しいビジネスを創出するための有効な手段になるかもしれません。

執筆者:丁 晟彦(Digital Innovation Lab)、高橋ちさ(ジャーナリスト)

EVENTイベント