シリコンバレーの視察旅(中編)、インキュベーション施設やHacker Dojoなどが高度人材を生み出す

2017.08.23
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シリコンバレー視察の中編では、スタートアップを支援するいくつかの施設や、人材育成の場を紹介しましょう。シリコンバレーには有名な500 StartupsやY Combinatorといったインキュベータがレベルに応じて様々存在します。その中から紹介するのは、日本企業に馴染み深いPlug and Play Tech Centerと、サンフランシスコの中心地にあるRunway、起業以前の段階にある人向けのHacker Dojo、そして一般ビジネスパーソン向けのUniversity Extensionsです。

世界各国から人が集まるPlug and Play Tech Center

扉の写真にある「Plug and Play Tech Center」は、米Plug and play(以下、PnP)が運営するインキュベーション施設です。PnPはシリコンバレーの3ヵ所に施設を持っていますが、サニーベールにあるPnP Tech Centerが中核施設です。スタートアップの発掘やリレーション強化を図るべく、多くの日本企業がブースを置いているのが特徴です。

工場の跡地を利用していて中は広大。入り口に近い駐車スペースはEV(電気自動車)専用で、充電設備が用意されるなど優遇されているようです。手前の建物の屋上はシリコンバレーらしくテラスになっていて、日光を浴びながら仕事や議論ができそうです(8月は無理ですが)。

建物の中に入ると目に付くのはグローバルな施設であることを示す各国の国旗や成功したスタートアップの掲示です(写真1)。この場合の「成功(Sucessful Exits)」とはIPO(株式公開)だけでなく、大手による買収を含みます。大半は買収案件で、IPOはLending Clubだけでした。奥の廊下には企業パートナーのロゴがズラリと掲示されています。さらには訪問した企業幹部の写真や名前を掲示する壁があるなど、関係強化に気を遣っている様子が伺えます。


写真1:PnPの玄関を入ると各国の国旗が目に付く(左)。受付の背面には成功した企業が示されている

PnP訪問当日は「MeetUp」が開かれていました(写真2)。これは勉強会であり情報交換会であり、そして人脈形成の会でもあります。参加者の平均年齢は高め。ベンチャー企業といっても10代や20代の若手だけとは限らず、いくつもの企業を経験したベテランも起業する風土があるのです。


写真2:PnPの「MeetUp(勉強や情報交換の集まり)」の様子。訪問した日のテーマはIoT

ビールやピザをつまみながら18時半頃に始まり、参加者の有志が近況報告したり、MeetUpの方向性を確認した後、ゲストが登壇。この日はIoT関連ベンチャーの仏Actilityが招かれ、LPWA(Low Power Wide Area)の最新事情や、同社が提供するIoTプラットフォーム「ThingPark」を紹介していました(写真3)。Actilityは社員数160人と小さな企業ですが、1億ドル以上の資金を調達していて急成長中。要注目の1社です。


写真3:MeetUpのゲストだった仏Actilityが示した資料の一部。一方的なプレゼンではなくQ&Aがメイン

PnPで育成された、もしくは巣立った企業の一覧も掲げてありました(写真4)。ユニコーン企業と称され、企業価値10億ドルを超えるLending ClubやDropbox、PayPalは有名ですが、それに続こうとする企業がこれだけあるわけです。そして、このような掲示によって努力を促す・・・。多くは挫折するにせよベンチャーを育成するエコシステムの一端を垣間見た思いです。


写真4:PnPの活動成果を示すボード。これだけのインキュベートを実施していることが驚きである

瞑想スペースもあるRunway

Runwayは、サンフランシスコの中心にあり、隣がTwitterの本社という好立地にあるインキュベーション施設です。Runwayとは「助走路」「滑走路」の意味ですが、なかなかうまいネーミングです。訪問の目的は、Runwayに拠点を持つカナダのベンチャーScopeARのデモを見ることです。ScopeARはAR(拡張現実)のコンテンツを簡単に作成するオーサリングツール「WORKLINK」を開発しています。すでに米Boeingや米Honeywellといった大手顧客を獲得しているARの有力企業の1社です。

ARの課題の1つは、コンテンツ開発に手間がかかることです。WORKLINKを使えば、スマートデバイスのカメラで撮影した物体を認識し、必要なオペレーションを重畳表示するARアプリケーションをメニューをドラッグ&ドロップで選択するだけで作成できます(写真5)。今回はMicrosoftのARデバイス「HoloLens」を使ったデモが見られました。開発途上の機能だったので、ややぎこちなかったものの、技術的な課題はクリアしているので、完成は時間の問題でしょう。


写真5:ScopeARのデモ。スイッチボックスを修理しようとするとARデバイスの画面に指示が重畳表示される

デモの終了後、Runwayを見学しました。PnP Tech Centerに比べると開放的で、設備も真新しい印象です。30〜40人が集まれるミーティングスペースがあるのはインキュベーション施設のお約束ですが、Runwayには瞑想(休憩?)のスペースもありました(写真6)。当然ですがインキュベーション施設側も魅力を競っているわけです。


写真6:Runwayには瞑想したり休憩したりできるスペースもある

ドイツのベンチャー企業が米国で資金や顧客を獲得するのをサポートする「German Accelerator」のコーナーもありました(写真7)。国を挙げてベンチャーの飛躍、すなわち海外進出を支援しているわけです。


写真7:Runwayで目にしたドイツのスタートアップ支援組織

スタートアップを作るための仲間が集うHacker Dojo

スタートアップを作る前に、できるだけ安い費用でトライしたり仲間を探したりした−−。そんな段階にいる人たちが集まる場所の1つがHacker Dojoです(写真8)。作業をしたりプレゼンをしたり、あるいはモノを作るための設備があります。


写真8:Hacker Dojoはインキュベーション施設に比べると倉庫風。「早くここを卒業せよ」といった意味があるという

月会費次第で個人のデスクが与えられますが、基本は共通のデスクやミーティングの小部屋を共有します。日本にもあるTechShopと似たコンセプトですが、雰囲気は雑然としていて殺風景で実用本位。何らかの事務所だった場所を、特に改装せずに使っている印象です。利用者の年齢層には幅があります。学生もいるようですが土地柄か、いくつになっても起業意欲は旺盛なようです。

Hacker Dojoを案内してくれた米Just Skillの山谷 正己 社長によれば「長くいる場所ではない。アイデアを出して資金を得て、もっといい場所(オフィス)に移れ」といった意味もあるのだろうと。納得です。ネットやSNSで仲間を見つければいいようにも思えますが、やはりリアルな場は重要なのでしょう。実際、自然に目に入る出入り口付近には、SNSの対極にある張り紙もありました(写真9)。


写真9:Hacker Dojoの入り口付近の掲示板。ローテクだが、張り紙で仲間を探す習慣は今もあるようだ

一般向け教育を提供するUC Santa Cruzの「Extension」

最後は、ビジネスパーソンなど一般の人々を対象にした教育の現場です。米UC Santa Cruz(UCSC:カリフォルニア大学サンタクルズ校)が提供している「UCSC Silicon Valley」です(写真10)。


写真10:カリフォルニア大学Santa Cruz校シリコンバレーキャンパス。社会人教育の専門施設である

UCSC Silicon Valleyは「Extension」と呼ばれる取り組みです。技術や制度が目まぐるしく変わる今日では、常に新しいスキルや能力を身につける生涯学習が必要になります。「Continuing Education(継続学習)」として、米国では多くの大学やカレッジが様々なプログラムを提供しています。これらは大学教育の延長上にあることから「University Extension」や「Extension school」と称されるようです。大学と異なり学位は得られませんが、短期間で体系的に学べるのが利点です。

UCSCがExtensionをシリコンバレーに置いているのは、UCSCの本校があるサンタクルズは太平洋のモンタレー湾側にあり、シリコンバレーからは相当の距離があるためです。仕事が終わった夕方6時頃にサンタクルズにまで学びに行くのは困難です。それでもペイするのですからExtensionには確実な需要があることが分かります。

訪問した2017年8月初旬に開講されていたコースは合計14。ある授業でのテーマは「オブジェクト指向開発:アーキテクチャーとデザインパターンの応用編」でした(写真11)。秋(9月−12月)に開講されるコースを案内する冊子によれば、ITを中心にしたエンジニアリング&テクノロジーから、バイオサイエンス、教育、ビジネスと経営管理など、オンラインのコースを含めて広範な講座があります。


写真11:UCSC Silicon Valleyには仕事を終えたビジネスパーソンなどが学びに来る。左は今秋開講予定のコースの案内誌で100ページ強ある

Hacker DojoやExtension、そしてMOOC(大規模オンラインコース)など、これら様々な人材育成の仕組みがあることもシリコンバレーの強みでしょう。次回は、視察で訪れた企業におけるイノベーションを紹介します。

執筆者:田口 潤(IT Leaders)

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