トヨタが考える自動運転のあるべき姿、社会に溶け込む車の実現に向けて

2017.07.11
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IoT(モノのインターネット)やAI(人工知能)の実社会への応用に期待が高まっていますが、それにより大きく変わるとみられているものの1つに自動車があります。中でも、既に一部で実用化が始まっている自動運転は、多くの人々にとって興味は尽きません。日本の自動車メーカーを代表するトヨタ自動車も、AI分野などに多額の投資を行うなど、自動運転車の開発に力を入れています。トヨタは、どんな自動運転を目指しているのでしょうか。

車の自動運転は、単にドライバーが操作しなくても車が安全に走行できるだけではなく、運転から解放されたドライバーを含む搭乗者が移動時間をどう過ごすかなど、車による移動の概念を大きく変える可能性があります。そんな新たな移動手段となる自動車をトヨタはどう考えているのか。それについてトヨタ自動車の常務である奥地 弘章 氏が、ネットワーク分野の専門イベントである「Interop Tokyo」(主催:Interop Tokyo 実行委員会)の基調講演に登壇しました(写真1)。同講演から、トヨタが考える自動運転の“今”を紹介します。


写真1:トヨタ自動車が考える自動運転について講演する同社常務の奥地 弘章 氏

自動運転技術により車は社会に溶け込んでいく

自動運転のための技術が進歩することで、車は「社会に溶け込み、様々な貢献が可能になる」と奥地氏は語り、次のような例を挙げました。

貢献1:交通事故の削減

センサーが発達すれば死角が減り、交通事故の削減が期待できます。ただ現状は、「物陰から子供が飛び出すような事象への対応には課題が残っている」(奥地氏)とのこと。見通しが悪いと予測重視になり、いつでも止まれるように、ゆっくりな走行になってしまうのです。ただ交通量が少ない地方の小さな道路など、「低速であっても問題がなければ、公共サービスとしての自動運転車が可能になるだろう」(同)としています。

貢献2:高齢者などの移動支援

状況判断力が弱くなる高齢者の運転を自動運転でサポートできれば、「個人や社会が発達する」と奥地氏は語ります。「高齢になれば免許を返納するだけが社会の対応ではない」(同)というのです。

貢献3:トラックやバスのドライバー不足の解消

ネット通販の影響で宅配事業者のドライバー不足が顕著になったり、人員削減により長距離ドライバーの勤務状況が厳しくなったりしていることは社会問題としてニュースにもなっています。自動運転が現実になれば、少なくともドライバーの負担は解消されます。ただ奥地氏は、「小口の配送システムではドローン(無人航空機)などが使えるかもしれない」とし、配送分野では自動車にこだわらない姿勢もみせました。

貢献4:インフラの整備・活用

自動運転車は、車の様々なデータも取得することから、インフラに関する情報を取得するための“センサー”にもなります。例として奥地氏は、「ABS(アンチロック・ブレーキ・システム)が動作した地点と気象データを組み合わせれば道路の凍結状況が分かる」「ワイパーの動きと気象情報を組み合わせれば雨の状況が得られる」などを挙げます。複数のセンサーと外部情報を組み合わせれば、社会インフラの整備や活用につながる新たな発見があるかもしれません。

人間の経験をルールベースだけで表現するのは難しい

これらを可能にする自動運転のための技術要素について奥地氏は、ハードウェアとソフトウェアのそれぞれについて、以下の要素を挙げます。まずハードウェアで重要なのは、センサー機能と処理能力です。前者では、カメラの高解像度化やイメージスキャナの進化が、後者ではGPU(画像処理を主に司る演算装置)やFPGA(プログラム可能な集積回路)、および、それらを活用した処理性能の向上が中心です。一方のソフトウェアとしては、運転基本アルゴリズムと機械学習、および周辺3D技術が重要だとします。

運転アルゴリズムと機械学習の分野でトヨタは、AI(人工知能)ベンチャーのPreferred Networksに出資しています。両者による研究対象の1つが「ぶつからない車」。自動運転の実現に向けて、自動車一台一台が自律的に状況を判断し、事故が起きないように回避できるようにするのが目標です。全く学習していない状態ではひんぱんに衝突していた模型の自動車が、ぶつかりながら学習していくことで数時間後には、単純な周回コースならぶつからない、交差点があるようなコースでも相手の挙動を理解して避ける、といったことが可能になるそうです(動画)。

動画:「CES2016」で実施した機械学習による衝突回避のデモの様子(1分10秒)

奥地氏は、「人間が経験を積みながら学習してきたことを、ルールベースで記述して自動運転をやり切るのは難しい。ルールベースの手法と学習ベースの手法を組み合わせた開発が安全につながっていく」としました。

2015年には首都高での自動運転実証に成功

トヨタは自動運転のための実験車「Highway Teammate」を開発しています。2020年ごろの実用化を目指しますが、2015年には東京の首都高速道路で実証走行に挑み、一般道からの合流や車線変更(レーンチェンジ)、車線や車間の維持、分流などを実現しています(動画2)。「実験当初は渋滞時には上手に合流できなかったケースもあった」(奥地氏)そうです。

動画2:「Highway Teammate」による2015年の実証実験の様子(2分29秒)

一方、一般道での実験はこれから。自動車専用道路とは異なり、道路環境は複雑になり、交差点や信号、標識、歩行者、二輪車など事故のリスクが高まります。どこかのタイミングで一般道での学習も必要になります。ただ奥地氏は、「ディープラーニング(深層学習)によって、どこまで人間の操作を再現できるかだけでなく、HMI(Human Machine Interface:人間と機械のインターフェース)を介して認識状況をドライバーに知らせ、ドライバーの不安をなくすことも大切だ」と指摘します。

加えて、自動運転に必要な認知・判断・操作のための技術は「各社が共創していくことが大切だ」(奥地氏)とも言います。例えば自動運転で使われる地図の表現が車ごとに大きく変わってしまっては利用者に優しくありません。「共通のプラットフォームを用意し、その上で各社が作っていくほうが良いものもある」(同)との考えです。

技術の進歩に合わせたルールの整備が必要

こうした自動運転のための技術が完成すれば自動運転者がすぐに世に出るかといえば、そうではありません。奥地氏は「法規など社会的な課題の解決が難しい」とします。実は奥地氏は、講演の冒頭で英ロンドンの街並みを写したモノクロ写真を掲示しています。「自動車が登場してから20年ほど経ったころ」(奥地氏)という、その写真では、車線も信号機もない道路を自動車と馬車が入り乱れて走っています。中央付近には事故が起きている様子も写っています。

奥地氏は、「新しいテクノロジーができ、ルールの整備が追いついていなかった時代の出来事。この状況から、何年、何十年とかけて現在のルールが少しずつ整備されてきた。現時点で完全に無人で動く自動運転車が出てきたらどうなるだろうか。この写真と同じ状況になるのではないか」と、技術の進歩に合わせたルールの整備の必要性を強調します。

例えば、人身事故が起こった場合の責任の所在は、どこにあるのか。すべての責任を自動車メーカーが負わなければならないのでしょうか。もし、そうなれば「自動運転時には、もらい事故以外を起こしてはならないという高いハードルができ実用化が困難になる」(奥地氏)ことになります。悪用しようとすれば「テロへの活用も考えられる」(同)のです。自動運転車は爆弾を目的地まで運んでしまいます。そのため「国際的なルールも必要になる。業界だけでなく、国としての取り組みが不可欠だ」と奥地氏は指摘します。

楽するためでなく生活を豊かにするために

トヨタが自動運転で大切にしているのは「完璧ではない人間や車を互いが助け合うという考え方」(奥地氏)です。そこでの自動運転は、「楽をするためにではなく、生活を豊かにするためにあるべき」(同)という位置付けです。これまでに私たちが築き上げてきた交通秩序や国際標準を維持しながら、人に不安を与えない自動運転を実現する過程では、「ドライバーの“感情”までも道路情報の一部として集約できれば『安心して走る道』『緊張して走る道』といったことも把握できるようになる」と奥地氏は示唆します。

例えば、現在の経路検索では「近い道」「(通行料が)安い道」を案内しています。それが将来は「ドライバーの感情を加味した経路を案内できるようになるかもしれない」(奥地氏)のです。ただそのためには、「メーカーだけでなく、利用者のみなさんとの共創が不可欠になる」(同)とも言います。

自動運転と言えば、高度な技術に目が奪われがちですが、テロ対策やドライバーの感情などにも意識を拡げれば、単に「運転」という行為を考えているだけでは不十分なことは明らかです。自動運転の時代に向けては、安全・便利の向こう側になる“豊かさ”を意識した開発こそが大切なのかもしれません。

執筆者:奥野 大児(ライター/ブロガー、https://twitter.com/odaiji

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