「私の意見」を戦わせよ、ゼンリン発ベンチャーWill SmartがIoT共創事業に成功している理由

2018.10.16
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デジタルトランスフォーメーションを加速させるために大企業が採る施策の1つに社内ベンチャーがあります。一方で社内ベンチャーは、既存事業とのジレンマに阻まれ、成功させるのが難しいとも言われます。そうした中、ゼンリンデータコムの社内ベンチャーとしてスタートしたWill Smartは黒字化を果たしています。Will Smartの起案者である代表取締役社長の石井 康弘 氏に、社内ベンチャーが成功するための秘訣などを聞きました。(聞き手は、宮野 寛之 富士通マーケティング Vision 2020推進室長。文中敬称略)

宮野:Will Smartの中核事業からお聞かせください。

石井:現在の中核事業は2つあります。1つは、デジタルサイネージです。一般にサイネージといえば、駅の広告媒体などのイメージが強いと思いますが、当社の場合は、少し立ち位置を変えています。屋内外はもちろん、バスなどの移動体を含めた多様な場所にディスプレイを設置し、そこにネットワーク経由で情報を発信することをデジタルサイネージと定義しています。


写真1:Will Smartの立ち上げを起案した代表取締役社長の石井 康弘 氏

もう1つは、「IoT共創事業」と呼ぶ新製品の企画・開発支援です。既存の大手企業がIoTなどの最新テクノロジーを使って新規事業を生み出すための際の製品開発など、いわゆるオープンイノベーション(共創)を支援しています。

「YKK APが考える未来の窓プロジェクト『Window with Intelligence』 」がIoT共創事業の一例です。YKK APの既存製品である窓に、デジタルを組み合わせば何ができるのかを共に考えました(動画1)。

動画1:「YKK APが考える未来の窓プロジェクト」の紹介動画(1分41秒)

同社とは2018年5月に未来ドア「UPDATE GATE」も発表しています。ドアハンドルがないドアで、センサーと顔認証により自動で開閉します。顔認証はAI(人工知能)との組み合わせで、1人ひとりが必要とする情報をドア面に表示したり、ドアパネルのデザインを自由に変えられます。

IoT共創事業は、どちらかといえばITとは遠かった業界の企業と当社が一緒にモノを作るというアプローチは、さまざまな企業の方に興味を持っていただいています。特に、漠然とした大きなテーマから具体的なソリューションに落とし込むだけでなく、そのソリューションをプロトタイプとして制作できる点が好評です。

コンサルティング会社が描いた設計図と、メーカーが作ったプロトタイプが異なるということが起こりがちですが、上流の課題解決から企画、サービスのコンセプト作り、プロトタイプ製作までを一気通貫で担えるのが当社の強みです。

もちろん当社は工場を持っていないので、プロトタイプは韓国や中国のベンダーとの協業で生産しています。“世界の工場”とも呼ばれる中国などには、さまざまな部品やノウハウがすでにあります。これらを上手く組み合わせられれば短期間にプロトタイプを作れます。ここでは、韓国企業とのジョイントベンチャー(JV)でスタートしたという当社の人脈が生きてもいます。

宮野:いずれの事業もゼンリンの地図事業とは関係が強そうに見えません。どのような経緯でWill Smartが設立されたのでしょう。

石井:きっかけは、2011年のゼンリンデータコムにおける新規事業の検討です。当時、私はサービス企画を担当しており、自ら手を挙げ、事業計画を立てました。

ゼンリンデータコムが新会社設立の条件としたのは、(1)事業フィールドが異なる顧客を獲得すること、(2)ゼンリンデータコム以外に複数社から資本を集めること、の2点だけです。

結果として、ゼンリンデータコムと大日本印刷、韓国のフィンガータッチインターナショナルの3社によるJVとしてWill Smartは立ち上がり、デジタルサイネージ事業を手がける会社としてスタートしました。その後、株式の移動もあり、現在はゼンリンデータコムとゼンリンの2社が株主です。

宮野:社内ベンチャーや新規事業部門を作るという選択肢もありそうです。JVにされたのはなぜでしょう。

石井:私自身の“思い”からです。「社内ベンチャーで良い」という意見もありましたが、「当事者が本当の意味で退路を断たない限り、何事も成し得ない」との考えです。最終的には、ゼンリンデータコムの社長からも「そこまで覚悟を決めているなら、やってみなさい」ということで、JVの形を採りました。

新規事業を任されたとしても、サラリーマンであれば。たとえばプロジェクト予算の1億円が焦げついたとしても「まあいいや」と甘えが出てしまう。しかし、投資していただいたお金であれば、そうそう軽い気持ちでは使えません。社内の新規事業が成功しないことの本質は、責任やコミットが弱いからだと考えていましたので、とにかく甘えない状況を作ることにこだわったのです。

加えて社内部門だと、経費などを本体と共通化できたりするので、新規事業がきちんと伸びているのかどうかが見えにくくなるということもあります。独立した会社なら、そのパフォーマンスは明確に可視化されます。

現在も当社社員は全員プロパーです。ゼンリングループから転籍した人もいますが、出向者はいません。以前は、出向や委託というケースもありましたが、個人的には立場が中途半端だと人は成長しないと思っていますので、転籍するか親会社に戻るかを決めてもらい、社員1人ひとりの立場を明確にするよう心がけています。

宮野:創業からこれまで、ゼンリングループとはどのような関係にありますか。

石井:2016年に初めて黒字化するまでは、大変につらく厳しい状況でした。その時期は、顧客を紹介してもらうなど、ゼンリンが持つ企業ネットワークを利用させていただきました。親心であると同時に、投資家の立場として企業の成長を支援するという意味もあったと思います。ただ当時からゼンリングループから事業内容について、事細かく指示されることはありません。現在も「結果が出たら教えて。ゼンリンの顧客にも紹介するから」というスタンスです。

これは、事業内容が異なることもあれば、ゼンリン側の役員体制も変わっていないため、設立時からの経緯なども理解されているからでしょう。赤字のころには会社をたたむという話もありましたが、追加増資を受け入れてもらい生き残ってきました。その際は、従業員を含め、さまざまなステークホルダーと調整ししっかりと交渉したことで、信頼関係も築けていると思います。

宮野:ところでIoT共創事業は、顧客との共同開発ということですが、共創を成功させる鍵はなんでしょう。

石井:相互理解ができるかどうかが共創の成否を決めると思います。私の原体験は、楽天トラベル(当時)に勤めていた20代後半に、ANA(全日本空輸)との新規事業企画に携わったことにあります。両者が共同出資して設立した楽天ANAトラベルオンラインです。そのときのメンバーは所属企業の代弁者ではなく、それぞれが本当に必要なこと、本当にやるべきことを真剣に議論できました。

これに対し共創における多くの問題点は、帰属意識や責任逃れから「私」という主語を変えてしまうことでしょう。「私が」ではなく、「弊社の場合は、どうこう」といった発言がでてくるようになると、場が白けますし、進むべき方向を見失ってしまいます。あくまでも人間関係、人と人の関係性が重要です。

事業モデルは市場ニーズに合わせて変えれば良いのです。新規事業の開発に向けた議論にあって、今の会社にとってどうかは問題ではありません。共創の場では、「自社にとってではなく、一消費者として、どういう選択をしますか?」という質問をよく投げかけます。会社のフィルターを通して考えるか物事のスピードが落ちてしまう。消費者は、もっとダイナミックに選択しているのです。

宮野:今後は事業をどう拡大していきますか。

石井:次の中核事業に位置付けているのが「コネクティッドカー事業」です。車内への各種情報の提供などは、デジタルサイネージやIoT共創事業の経験が生かせますし、最近話題の自動運転といった領域を含め、今後はゼンリングループの地図データとのシナジーを生み出せると考えています。

これら3つの事業に共通するのは「IoT」です。IoTテクノロジーを活用した種々のソリューションを積み上げながら、スマートシティといった社会情報インフラを支えるサービスを構築していきます。

福岡地所が運営する複合施設「キャナルシティ博多」へのデジタルサイネージやスマートフォンアプリの導入例のように、自分たちが考えたサービスが、多くの人の目に見える形で、街のインフラや社会を成立させているといった会社を目指します。

その広がりのスピードを高めるために今後は、提携先をさらに拡大し、共創の規模をもっと大きくしていこうと考えています。

宮野:新たな社会サービスの登場を楽しみにしています。ありがとうございました。


写真2:Will Smartのオフィス入り口にて

<プロフィール>
石井 康弘 氏
Will Smart 代表取締役社長。
2011年ゼンリンデータコムにおいて新事業の検討が開始された際に、自ら手を挙げ参加。2012年Will Smart設立時にゼンリンデータコムより転籍。2016年より現職。

<インタビュアー>
宮野 寛之
富士通マーケティング 経営戦略本部 経営企画統括部 Vision 2020推進室長

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